Act8-ex-2 新しい一歩を
本日四話目です。
ティアリカ視点となります。
顔を合わせづらかった。
ミサンガというお守りはもうなくなってしまっていた。
せっかくカティちゃんが作ってくれたものだったというのに、失くしてしまった。
「旦那様」が仰るには、ミサンガは自然と切れると願いが叶うというもの。
だから切れてしまうのは問題ではない。
もともと切れるようにできているのだから、そのことは問題ではない。
問題なのはその切れたミサンガを失くしてしまったということ。
カティちゃんが自分の尻尾の毛から作ってくれたものだったのに。
あの子が自らの手で作ってくれた大切なものだったというのに。
手前はそのお守りを失くしてしまった。
……やはり顔を合わせづらい。
このままほとぼりが冷めるまで、いえ、失くしたミサンガを見つけるまでは帰らない方がいいのでは?
ええ、やはりここは一度「鎮守の森」に戻ってですね。
「どこに行こうとしているのさ?」
忍び足でそろりと「ベルル」の街から抜け出そうとしたのですが、「旦那様」が目ざとく手前を見つけられました。
普段は鈍感かつ抜けているのに、どうしてこういうときには鋭いんでしょうかね、「旦那様」は。理不尽です。
でもそんなことを言っても聞いてはもらえないでしょう。
というよりも、手前がしようとしていることはとっくに言い含められていることでした。
「状況が状況だったんだから、失くしてしまったことは仕方がないよ」
「鎮守の森」で散々探したのですが、それでも見つけることができなかった。
そんな手前に「旦那様」はやや呆れつつもそう言って慰めてくださいました。
慰めてくださりながらも真剣に探してくださっていたのは素直に嬉しかったです。
ですが、いまは。いまだけは「旦那様」がちょっと小憎くあります。
どうして見つけてしまうのですか、と。どうして行かせてくれないのですか、と言いたいです。
いえ、言わずにはいられますまい。どうして手前を止めてしまわれるのですか、と問い詰めたい気分でした。
「……そんな目で睨まないでよ。俺だって気持ちはわかるよ? カティの手作りの贈り物を失くしてしまったら、かわいい愛娘が作ってくれたお守りを失くして焦ってしまうのもわかるよ? でもね、ティアリカ」
「なんでしょう?」
「カティがあのミサンガに込めた気持ちまで失ったわけじゃない。そもそもあの子のお願いはちゃんと叶っているんだ。あの子がティアリカを責めることはないと思うよ?」
「旦那様」が仰ったことは事実でしょう。カティちゃんが手前を責めることはないでしょう。
あの子は本当に優しい子だから、事情を話せば理解してくれるでしょう。
多少残念がるかもしれないけれど、手前を責めることはありえない。
だからと言って、あの子の優しさに甘えるわけにはいかない。
なにせ手前はあの子の「まま」なのですから。「まま」として娘の優しさに甘えるわけには。
「いいんじゃない? たまにはカティに甘えてもいいんじゃないか?」
まさかの言葉でした。「旦那様」が娘に甘えてもいいと仰るなんて。
考えてもいませんでした。とはいえ、本当に甘えるわけにはいかないのです。
それでは示しがつきません。「まま」としてこんな示しがつかないことをするわけには──。
「だから、そういうことじゃないんだって。親子なんだから、示しがつかないとかそういうことじゃなく、もっと素直に接すればいいじゃないか。……それじゃいままでのままだよ? 伝えるんでしょう? ならいままでのティアリカとしてじゃなく、ちゃんと「ティアリカまま」になるために一歩踏み出してみればいいんだよ」
手前ではなく、「まま」として。たしかにこの考えはいつもの手前です。
ですが、手前は決めたのです。であれば、いままで通りではダメでした。
いままで通りではなく、新しい手前になるべきなのです。
そのための一歩。なんとも情けない一歩ではあるけれど、それでもいまは踏み出すしかなかた。
「……手伝おうか?」
「……いえ。ひとりで」
「そう。頑張って」
ひらひらと手を振って「旦那様」はいずこかへと向かわれてしまいました。
どこに向かわれたのはわからないけれど、手前が見ているのはあの子だけ。
もうあの子しか見えません。
大きく深呼吸をしてから、手前はあの子の名前を。かわいい愛娘を呼びました。
「か、カティちゃん!」
手前が呼ぶとカティちゃんは嬉しそうに向かってくる。
見えない目の代りに、鼻と耳を使って手前のところまで来てくれる。
その姿はとても愛おしい。そんな愛おしいカティちゃん、いえ、「カティ」にと手前は勇気をもって声を掛けました。
「た、ただいま帰りましたよ、カティ」
気が動転しそうになりながらも、初めてこの子を呼び捨てにした。
嫌がられたりはしないだろうか? 嫌われたりはしないだろうか? そんな不安に襲われた。
「……うん、おかえりなさい、ティアリカまま!」
余計な不安でした。むしろこの子のことをまだちゃんとわかっていなかったのかもしれませんね。
カティは嬉しそうに笑ってくれた。その笑顔に視界が歪んでいく。
「おいで、カティ」
「わふぅ!」
しゃがみ込み、そっと腕を広げるとカティは迷うことなく、手前の腕の中に飛び込んできてくれた。
言うべきことや言おうとしたことがあったはずなのに、なにも思い浮かぶことはなかった。
いまはこの愛おしい娘を抱き締めてあげたかった。
「ただいま、カティ」
カティを抱き締めながら、改めての「ただいま」を口にした。
カティは「おかえなさい」と言ってくれた。
愛おしい娘のぬくもりを感じながら、手前はカティをずっと抱きしめ続けるのでした。
続きは四時となります。




