Act1-4 女の子を殴るのは重罪です
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女の子はゆっくりごろつきたちを見て、諦めたかのように小さくため息を吐いた。
「なんでしょうか?」
女の子の声は、小さい。でもすごくきれいな声だった。
聞きほれてしまうような、涼やかな声。声だけでも、美人さんなんだろうなぁというのがわかる。
声がきれいな女の子は、基本的にきれいな子だというのが、俺の中の通例なので、その通例に人魔族の女の子は漏れないようだった。
「フードを取れ」
「なぜ?」
「いいから顔を見せろ」
中央に立っていたリーダー格のスキンヘッドが、あごをしゃくる。
左隣にいた手下のひとりが、前に出て、女の子のフードを掴む。女の子は抵抗もせずに、フードを取られてしまう。
そうして真っ先に見えたのは、長くきれいな白髪だった。
よく白髪を銀髪と称えることがあるけれど、女の子の髪は、銀髪ではなく、白髪だった。
雪のようにと称されることはあるが、実際髪も肌も雪のように透き通った美しさがあった。
その美しさを、炎のように紅い瞳が引きたてていた。
透き通った白の中にある、一対の紅。
着ているものが、ぼろ同然であっても、女の子の美しさは、まるで陰りもしない。
いや、そのぼろ同然の服さえも、女の子の美しさを際立たせるためのアクセントと思えてならない。
周囲にいた全員が息を呑むのが聞こえた。
それほどまでに、人目を奪うほどに、その子はきれいだった。
異性や同性など関係なく、目を奪われる。
それほどにその子はきれいだった。いっそ神秘的と言ってもいいくらいに。人の手で汚していいとは思えないほどに、その子はきれいだった。
ごろつきどもも想像以上に、女の子がきれいすぎて、動きが止まっていた。
たぶん人魔族相手にちょっかいをかけるのは、慣れているんだろう。
そして人魔族が誰も彼も美形揃いなことも知っている。
それでもなお、ごろきつきどもを固まらせるほどに、人魔族の平均をはるかに超えるほどに、女の子はきれいなのだろう。
だが、スキンヘッドが正気を取り戻すと、次々に手下たちも正気になっていく。
それどころか、ごろつきどもは、卑しく笑いはじめた。
舌なめずりをする奴までいた。
気持ち悪い。
傍から見ている俺でもそう思うのだから、対峙している女の子が、どれほどまでに不快な気持ちになっているのか、考えるまでもない。
女の子が体をわずかに震わせていた。
着ているローブで体を隠そうとする。しかしその反応がごろつきどもをより駆り立たせてしまったようだ。
「合格だ。いいぜ、おまえを俺の女にしてやろう」
スキンヘッドがそんなバカなことを言い出した。
女の子はたしかにきれいだけど、まだ幼さが残っていた。どう見ても十四、五歳くらいだった。
対してスキンヘッドは、あきらかに三十を超えている。クーさんと同じか、それ以上の歳に見える。二十も下の女の子に手を出そうとするなんて、立派なロリコンだ
そもそも、合格ってなんだよ。
なんで上から目線なんだよ。
なんだよ、してやろうって。
逆だろう。付き合ってくださいって頼む側だろうに。
まるで自分がモテるのがあたり前なイケメンみたいな言い方をして。まぁ、イケメンだろうと俺は普通にむかつくけれど。
イケメン=偉いってわけじゃない。そもそもイケメンだって、残念なタイプもいるだろうに。勇ちゃんとか、勇ちゃんや、勇ちゃんみたいな残念なイケメンだっているんだしな。
仮にだ。このスキンヘッドがイケメンであろうと、その言い方はなんだよ。
初対面の相手に、そういう言い方はどうかと思うんだよね。それをこのスキンヘッドは理解しているのだろうか。
いやしていないな。うん。これは、あれだよね。うん、殴ろう。とりあえず殴る。なにを置いても殴る。よし決定。
「……カレンちゃんさん、怒っていますねぇ~」
ゴンさんの声が聞こえた。気の毒そうな響きがあったが、どうでもいい。
とりあえず、あのスキンヘッドはなんかむかつくから殴る。女の子のもとに足音を立てて近づいていく。
足音を立てて近づいている間に、スキンヘッドは女の子の腕を取り、引き寄せていた。
女の子は嫌がっている。目じりに涙を溜めて嫌がっていた。
そんな女の子を無視して、スキンヘッドは卑しい顔を浮かべて、女の子の胸を触った。
女の子が小さな悲鳴をあげて、スキンヘッドの顔に平手打ちをした。
渇いた音が響く。
おお、ナイス。そう思ったのもつかの間、スキンヘッドが苛立たしそうに顔を歪め、女の子の顏を叩いた。
おい、いま殴ったな。女の子を殴りやがったな。よろしい、戦争だ。
「人魔族の分際、げひ」
一足飛びで、スキンヘッドの前にまで移動し、そのままスキンヘッドの面めがけて、ローリングソバットを放った。
スキンヘッドの、無駄にでかい体が、吹っ飛んだ。手下たちは唖然としていた。が、無視して叩かれて倒れた女の子を抱え起こしてあげた。
「大丈夫?」
女の子の頬は赤く腫れていた。唇も切ったのか、口の端から血が出ている。
血は赤い。人魔族っていうから、血の色は違うのかと思ったけれど、血の色は同じようだ。
血の色が同じなら、全身真っ白で目が紅いだけの人間にしか思えない。
血の色が違っていたら、ちょっとためらいはあっただろうけれど、どのみち、きれいな女の子が殴られたのを見て、黙ってはいられない。
女の子の顏に傷をつけるなんて許せない。傷をこのままにしておくこともまた。
「傷を癒せ。「治癒」」
赤く腫れた頬に「治癒」をかけてあげた。
みるみるうちに赤みが引いた。口の端の血も止まっている。
女の子はしきりに、殴られた頬を触っていた。痛みがないことに驚いているみたいだった。
「あ、ありがとう」
女の子がお礼を言ってくれる。素直ないい子だ。
こんないい子を殴るなんて、しかもセクハラまでやらかすとは。
ローリングソバット一発じゃ済ませる気にはならないなぁ。あと四、五発はぶちかまして、とんとんかな。美少女を傷付けるというのは、それだけの重罪だ。
「て、てめえ! いきなりなにをしやがる!」
スキンヘッドは手下たちの手を借りて立ち上がっていた。
気絶していなくてよかったよ。気絶している奴を、一方的に殴るのは気が引けるからね。
これで思いっきり殴れるし。ただスキンヘッドは立場がよくわかっていなかったようで、妙なことを言い出した。
「俺を誰だと思っていやがる。俺はBランク冒険者カレン・ズッキーだぞ」
スキンヘッドのひと言に俺は言葉を失った。
え、いまなんて言ったんだ。
Bランク冒険者はいいとしよう。Bランク冒険者にしては、雑魚すぎる気もするけれど、とりあえずはよしとしよう。問題はその後だ。
なんて名乗った? なんて名乗ったんだ、こいつは。
「……えっと、いまなんて言った?」
聞き間違いであってほしい。そう願いながら尋ねたのだけど、スキンヘッドは俺の困惑を、都合よく解釈したようで、にやりと笑った。
あー、これは間違いなく、俺が恐れをなしているとか、勘違いしたようだ。
実際は真逆で、腸が煮えくり返ってきているんだけどなぁ。それさえもスキンヘッドは気づいていないようで、自信満々に答えてくれた。
「俺さまは、Bランク冒険者カレン・ズッキーだ!」
スキンヘッドは胸を張って堂々と答えてくれた。
どうやら聞き間違いではなかったようだ。思わず頭を抱えた。
見れば、アルーサさんたちは気の毒そうに俺を見ている。
ゴンさんは笑っていた。笑いごとじゃないですよ、ゴンさん。まぁゴンさんにとっては他人事だから、無理もないのだろうけれど。
しかしこいつどうしたもんかな。
そもそもなんでカレンが女の名前ってことに気付いていないんだろうな。
もしかしてその面で女と言い張るつもりなのか。頭が痛い。
頭を抱えていると、スキンヘッドが調子に乗り始めた。
「ふふふ、驚きで声も出ないようだな? まぁ、無理もない。新進気鋭の冒険者として、俺さまは有名だからな。なにせナイトメアウルフが率いるダークネスウルフ十頭とブラックウルフが百頭はいた群れを、俺さまひとりで殲滅し、蛇王エンヴィーもそんな俺さまの雄姿の前に、惚れてしまって──」
「ひとりじゃねえよ。ふたりで殲滅したんだよ。そもそもエンヴィーさんがおまえみたいなやつに惚れるわけがねえだろう? 身の程を知れよ」
「なにを!」
あまりにもおバカなことを言い出したので、つい口を挟んでしまった。
そのせいか、スキンヘッドが怒りだす。というか、いま突っ込んだことを聞いていないのかな。
ひとりじゃなく、ふたりで殲滅したと言ったし、エンヴィーさんと親し気に言ったのだけど。その時点で俺が誰なのか、わかりそうなものなんだが。見た目通り、おつむが弱いのかもしれない。
深々とため息を吐きながら、わかりやすく説明してあげた。
「そもそもカレン・ズッキーは女だぞ? それも十五歳の小柄な女の子だ。あんたみたいな無駄にでかいおっさんじゃねえよ」
「なに言ってやがる! 十五のガキにナイトメアウルフが倒せるわけがねえだろう! Bランクの魔物だぞ!」
「その魔物を倒せるから、新進気鋭のBランクなんだよ。もう一度言ってやる。カレン・ズッキーは十五歳の、黒目黒髪の小柄な女の子なんだよ。言葉遣いは男っぽいけどな」
「そんな女が、いるわけ?」
スキンヘッドが固まった。手下たちもそろって固まっている。
俺が教えた身体的特徴と合致する相手が目の前にいるのだから、無理もない。
「さぁて、問題です。俺は誰でしょう?」
にやりと笑いながら、スキンヘッドたちに向かって突っ込んだ。
スキンヘッドが小さく悲鳴をあげた。が、構うことなく、がら空きだった腹部に正拳突きを放った。
スキンヘッドが体を九の字に折って、吐き出した。ぎりぎりで直撃しなかったが、すごく臭い。
ラースさんに会う前に風呂に入ろうと決めながら、拳を引き抜き、ベルセリオスさんからもらったアイテムボックスからギルドカードを取り出した。
「俺がカレン・ズッキーだ。よろしくな、おっさん」
笑い掛けるもスキンヘッドは膝をついてえづくだけで、なにも言わない。
一応手加減はしたんだけど、弱すぎだろう、このスキンヘッド。
「俺の名前を勝手に使わないでくれない? 使用料取るよ?」
スキンヘッドに目線を合わせてしゃがみ込む。
スキンヘッドは胃液塗れの口から、荒い呼吸を繰り返していた。が、不意ににやりと笑った。
囲い込むつもりかなと周囲を見回すと、手下のひとりが女の子の後方に回っていた。
あー、人質にするつもりなのかな。でも、遅い。
力を込めて、一気に踏み込んだ。だけど、それだけじゃまだ足りない。
目を細める。人が、自然が、世界がゆっくりと動いていく。
独特の時間の中を突き進み、女の子の後方に回っていた手下のもとにたどり着き、オーバーハンドで拳を顔面に叩き込む。
すべての時間が元通りになり、カエルが潰れたような声を出して、手下が吹っ飛んだ。
スキンヘッドもその手下も、ギャラリーも、そして女の子もまた唖然としていた。
瞬間移動のように見えただろうから、無理もないかな。どうでもいいけれど。
「さて、まだやんの?」
スキンヘッドに笑い掛ける。
スキンヘッドはようやく喧嘩を売った相手が悪かったことを理解したみたいで、震えていた。
これで俺の名前を使った悪さは、もう二度としないだろうけれど、この子にはちょっかいを出すかもしれない。
危ない目に遭っても、手に入れたいと思うくらいに、きれいな子だから無理もない。となれば、ひとつ釘を刺しておくべきだろう。
「ねぇ。口裏合わせてくれる? 俺はカレン」
「え? あ、はい。私はアルトリアです」
女の子──アルトリアと自己紹介を交わしたあと、俺は思いっきりやらかすことを言った。
いや、いまだから言えるけれど、このときは、アルトリアの周りをかぎ回らせることがないように、徹底的にやろうと思ったんだ。
やりすぎくらいがちょうどいいと言うから、問題はないと思った。それがいまの俺とアルトリアの関係につながるとは思いもせずに。
「アルトリアに、俺の女に手を出すんじゃねえよ」
俺ははっきりとそう言い切ってしまったのだった。




