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Act8-170 風の中へと消えゆきて

 視点がふたつに分かれます。あと最後にちょっとした演出を。大したものではありませんが←笑

 穿たれた。


 崩れていた体で決定的な一撃を受けた。


 どう考えても致命的だ。


 いやすでに致命傷は受けていた。それがより加速しただけのことだ。


 大きく息を吐いた。


 首だけで振り返ると、そこには彼女がいる。


 背を向けて体を震わせた彼女がいた。本当に昔から変わらない。


 なにか辛いことがあるといつもああして泣いていた。


 強がりな人だから、辛くてもその辛さを表情には出さなかった。


 誰かの前ではいつも強がり、そしてひとりになってもああして背中を向けながら泣いていた。


 ああ、本当に君は変わらない。


 そんな君が僕は好きだった。


 強がりながらも必死に強くあろうとする君が大好きだった。


 そんな君の背中に僕は憧れた。その背中がいま目の前にある。


 声を掛けたいとは思う。


 でもなんて声を掛ければいいのかもわからない。


 本当に僕は気が利かない。たしかに君にアホと言われてしまうのも仕方がないんだろうね。


 それでも、それでも君に言いたいことがないわけじゃないんだ。


 ただそれを言葉にできないだけなんだ。


 溢れる想いはいまにも張り裂けそうだ。


 けれどどうしてもこの想いに相応しい言葉が出てきてくれないんだ。


 ああ、どうして僕はこうも学がないなんだろうな。


 学があればきっといま言うべき言葉もあったんだろうに。


「……学がないとか、そういう言い訳をするから、アホと言うのですよ。ただ思ったことをそのまま口にすればいい。これが最後なのだから、思うままに言いなさい」


「……そう、だね」


 ああ、そうだ。これが最後なんだ。最後なのだから言うべきことを言えばいい。


 崩壊する速度は上がっていた。ならあれこれと余計なことを考える必要はない。


「ククルたん」


「なんです? アホエルフ」


「……元気でね」


 愛しているなんて気障すぎる。好きはすでに言ってある。


 なら言うべきことは彼女の健康を祈ること。


 僕の分まで長生きしてほしい。そんな祈りを込めた言葉だけだった。


 最後の最後まで勇気を出せないなんて。ああ、本当に僕らしい。




「……元気でね」


 彼が最後に言ったのはそんなありふれた言葉。


 たしかに別れに相応しい言葉ではあるのでしょう。


 でも普通それは家族や友人に対して言うべきこと。想い人へと告げるものではない。


 言うべきことをきちんと言えと言ったのに。


 まさか告げられた言葉が健康を祈られるなんてね。


 本当に彼らしい。変なところでヘタレになる彼らしいことだった。


「……ククル殿。最期です」


 返事はあえてしなかった。


 彼に対しての返事をあえてしないまま、彼が崩壊する音をただ聞いていると、エレーン殿が教えてくれた。


 見た方がいい。そういうことなのだろう。見たいとは思わない。しかし見てあげるべきなのでしょう。


 ゆっくりと振り返る。そこにはまともに残っているのは脚と背骨だけになりながらも、顔さえもほとんど風化しているのに、たしかに立ち続ける彼がいた。


 黒い砂となって、その身は風化していく。


 体の風化は止まらない。止まらないのに彼はようやく振り返った私を見て笑っていた。


 もしかしたら待っていたのかもしれない。


 私が振り返るのを待ってくれていたのかもしれない。


 涙はいらない。見送るのであれば、涙ではなく笑顔で見送ってあげるべきだろう。


 いま私が浮かべられる精いっぱいの笑顔で、旅立つ彼を見送ってあげよう。


「さようなら、アトライト」


 笑いながらの言葉に彼はただ頷いた。そしてその身は一瞬で風の中に溶けていった。


 とっくに限界だっただろうに、私が振り返るのをずっと待ち続けていた。


「……本当にあなたらしいですね」


 涙が止まらない。頬を伝う涙は止まることなく溢れていく。


 溢れた涙は指輪に触れた。


 子供の頃のお祭りで彼が買ってくれたおもちゃの指輪。


 婚約指輪と称して渡してくれた思い出の指輪は古ぼけてしまっていた。


 それでもその指輪はかけがえのないものだった。


「……さようなら、アトライト」


 指輪ごと手を包みながら、世界とひとつになった彼への別れを告げた。






 第八章:妖精たちの恋


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