Act8-169 悲しき流星
衝撃波とともに巻き上がった土煙がゆっくりと晴れていく。
土煙の先には、巨大な影がまだ見えていた。
でもその影はゆっくりと膝を折っていく。
両膝が地面に触れる音ともに振動が起こる。
だけどそれ以上の音はしなかったし、振動も起こりはしなかった。
しばらくして土煙が晴れると、そこには両膝をついたまま沈黙するアトライトさんと、その前で剣を鞘に納めて立っているグラトニーさんが立っていた。
アトライトさんはまぶたを閉じているようだ。
命の灯が燃え尽きてしまっているのか、とても穏やかな顔をしていた。
遠くから鳥の鳴き声と、瓦礫が崩れる音だけが聞こえていた。
そんな静寂を破ったのはグラトニーさんだった。
「……聞こえているか、アトライト」
「……はい」
グラトニーさんの声に、アトライトさんはわずかにまぶたを開いた。表情と同じくその目もまた穏やかな光を宿していた。
「よくぞやりきった」
「……恐悦でございます」
「望みはあるか?」
「……なにも。もうなにもございません」
「そうか。手向けはもう必要ないか?」
「……できればもうひとつ。酷なことをさせてしまうとはわかっていますが」
アトライトさんはククルさんを見つめていた。ククルさんは顔を俯かせながら、体を震わせていた。
「……ごめんね。君を泣かせてしまった。僕は相変わらずダメな奴だ。あの頃からなにも変わってはいないね。忘れていいよ。いえ、忘れてください、ククルお嬢様」
アトライトさんはそう言ってまぶたを閉じようとした。
「……忘れませんよ、アトライト。あなたは忘れません。だって忘れることはできないでしょう?自分の夫をどうして忘れられますか?」
「え?」
ククルさんがゆっくりと左手を向けた。
ここからでもククルさんの左手の薬指に指輪がはめられているのが見えた。
婚約指輪にしては、安っぽい。いや、それ以前におもちゃの指輪のように見えた。
「……それは」
「……手紙と一緒に指輪なんて送ってくるなんて、なにを考えているのですか?とっくに婚約指輪なんてもらっていたというのに」
顔を俯かせながら肩を震わせるククルさん。
その言葉にアトライトさんは嬉しそうに笑った。
「……そっか。一方的な片想いだとばかり」
「片想いですよ。私はあなたのことなんてなんとも思っていません。ただこんな私を、こんな狂暴な女をいつまでも想い続けたアホエルフへの手向けとしてです。それ以上でもそれ以下でもない」
「……ふふふ、君は相変わらず素直じゃないなぁ。でもそんな君が大好きだったよ、ククルたん」
「その名で呼ぶなと何度も言いましたよ、アホエルフ」
穏やかなやり取りだった。
でもその穏やかさが胸を痛ませてくれる。
アトライトさんの体は徐々に崩れていた。
真っ黒な砂となって風に乗って消えていく。
もう数分もないんだろう。
その数分を惜しむようにふたりは穏やかなやり取りを交わしていた。
「……エレーン殿」
「よろしいので?」
「ええ。もうこれと話すのは疲れましたから。楽にしてあげますよ、アホエルフ」
「あぁ、頼むよ。ただ少し待ってほしい。膝を着いたままなんて、カッコ悪いからね」
そう言って最後の力を振り絞るようにしてアトライトさんは立ち上がった。
「死ぬのであれば立ったままで死ぬ。それが「ベルゼビュート」の誇りである」
徐々に体が崩れているというのに、アトライトさんは強い目をしていた。
そんなアトライトさんを見やりながら、ククルさんはモーレに抱えられながら空へと飛んだ。そしてアトライトさんの胸へと、体が崩れたことで剥き出しになった心臓にへとまっすぐに突っ込んでいった。
それはまるで一筋の流星のようだった。




