Act8-167 天へ昇る剣
グラトニーさんが剣を構えた。
八双の構え。
現代の剣道ではめったにお目にかかれない構えだ。
多対一ないしは長期戦で活きる実戦の構え。
その構えをグラトニーさんが取ると同時に風が吹いた。吹き抜けていく風が吹いていく。
風の出所はグラトニーさんのようで、視覚化した風が、緑色の波がグラトニーさんを覆っていく。
「「旦那様」、こちらへ」
不意に腕を引かれた。
ティアリカは俺の腕を取ると、一気に後ろへと下がった。
数メートル、もしかしたら十メートル近くは後ろへと跳んでいた。
いきなりのことで少し驚いたけど、逆に言えばそれくらい距離を取らないと危険な大技がいまから放たれるということなのか?
俺にしてみれば、アトライトさんの体を一瞬で切断するのも十分に大技なのだけど、グラトニーさんにとってみればなんでもない一撃にしかすぎないのかもしれない。
でもこれから放たれるのは、通常の一撃とはまるで違うもののようだ。
ティアリカが大きく距離を取ったのがその証拠だった。
広範囲攻撃なのか、それとも広範囲に影響を与えるほどの一撃なのか。
どちらにしろ俺があの場にいたら危険だったことだけはわかった。
「……すさまじいほどの「嵐」属性の力ですね」
「エレーン?」
ククルさんを抱えるようにして宙にいたモーレがこちらにまで後退していた。
いつのまにと思うけども、宙にいてもこれから放たれる技は危険なようだ。
「あのままだと危険だとククル殿に」
ククルさんを見やると、ククルさんは真剣な表情を浮かべていた。
「あのままだと私やエレーンさんも危険でしたので。確実に巻き込まれました」
「……見たことがあるのですね? 「あれ」を」
「一度だけですが」
ティアリカとククルさんの間でだけは通じているようだ。
宙にいたモーレたちでも巻き込まれる技って、広範囲すぎるよ。
グラトニーさんはいったいどんな大技を──。
「一言で言えば、飛び上がって両断する。そんな技ですね」
「飛び上がる?」
え?
そんな単純な技なのか?
飛び上がって両断って。それだけの技でこんな大げさな。
「……大げさではありませんよ、小娘ちゃん」
ククルさんが呆れたような顔をしている。いや、完全に呆れているようだ。それはティアリカも同じだった。
「たしかに動作自体はとても単純です。動作だけを見れば、退避するのは大げさだと思われるかもしれません。しかしこれから技を放つのはあの「蝿王」です。ほかの剣士が同じように攻撃を仕掛けたとしても退避する必要はありません。しかし彼が放てば、その一撃は大地さえも切り裂くものとなります」
「大地を?」
「ええ。大地すらも切り裂く剣となるのです」
ティアリカは冗談を言っている風ではなかった。こと剣においてティアリカが冗談を言うとは思えなかった。
ということは本当に大地を切り裂くのかもしれない。
その一撃は本当に大地さえも切り裂くものなのかもしれない。
それならばたしかに退避するのは当然なのかもしれない。
だけどまだ信じられない。
だって剣で大地を切り裂くなんてできるわけがない。
そんなことはいままで出会ってきた「七王」陛下方でも無理だった。
なのにグラトニーさんにはできるというのだろうか?
「できますよ。陛下は、「蝿王」グラトニー様は「七王」陛下方で最強のお方ですから」
ククルさんははっきりと言いきった。そしてそれまでのふたりの言葉を証明するかのように、衝撃波が起きた。グラトニーさんはただ飛び上がっただけ。
しかしそれだけで衝撃波が起きた。
グラトニーさんはまっすぐに天へと向かっていく。
その姿は空を昇る一頭の竜のようだった。
そして竜はやはりまっすぐに地上めがけて降下した。
グラトニーさんが雄叫びをあげる。その名の通り嵐のような暴風を纏いながら、それは放たれた。
「絶・天昇嵐」
ただ一太刀。その一太刀で、地震を思わせる衝撃が「謁見の間」、いや、「清風殿」を襲ったんだ。




