Act8-165 千年ぶりの再会・前編
恒例の土曜日更新です。
まずは一話目になります。
ああ、目を閉じれば思い出せる。
おまえと最初に会った日のことだ。
「あ、アトライト・ホリエウス・エーデルバイト・ルーカス・プリじゅムであります!」
「ベルゼビュート」の入隊式。宮殿の地下でひっそりと行われるのが通例だった。
そのときもまた通例に則って宮殿の地下にある一室だった。
「ベルゼビュート」に入隊できる者はあまりいない。
軍に入隊した者だけではなく、強者であれば冒険者からも選ぶことがある。
強き者だけが、俺の目に留まった強き者だけが入隊を許される部隊。それが「ベルゼビュート」だった。
名前だけは国民の誰もが知っている。
しかし「ベルゼビュート」の構成員は誰も知らない。
せいぜい国の上層部が団長とその側近である副団長を知っているくらいか。
だが、その副団長に入隊式の際に自分の名前を盛大に噛んだ男を選ぶことになるとは、そのときは考えてもいなかった。
「自分の名前くらい噛むんじゃねえよ、坊主。しっかしえらく長い名前だな?」
笑いながらアトライトに声を掛けてやるとアトライトはかわいそうなくらいに狼狽えていた。
悪いことをしたなと思ったが、その名前の長さが面白くてついついと相手をさせてしまっていた。
しかしアトライトはなかなか言葉を発さなかった。
どうしたのかと思っていたが、すぐに理由がわかった。
というか失念していた。入隊式には俺と団長以外には参加する新人しかいなかったんだ。
面倒な話だが、俺に直答は許されていなかった。
直答ができるのは一部の臣下のみ。それ以外の者は御用聞きの者を通しての会話をすることになっていた。
だが、その御用聞きの者はその場にはいなかった。
せいぜい団長くらいか。しかし団長を御用聞きにしていいのか、アトライトはわからなかったのだろう。
真面目な奴だなと少し俺は呆れた。こいつも他同様に真面目ぶった奴なのかと少し落胆もしていた。
ただ落胆したからと言って、自分から声を掛けたのに喋らせないのは不義理だった。
「ああ、言い忘れていたな。直答を許す」
「は、ははっ! あ、ありがたき」
「あー、そういうのはどうでもいい。それよりもだ」
「あ、はい。名前のことでございますね。えっと、自分もよくは知らないのですが、祖父がさる尊き方からいただいた名前を受け継いでいるということでして。自分で三代目になるということです」
「ふぅん。そんなえらく長い名前をくれてやるとか、どんな──んんっ?」
そう、えらく長い名前だった。
しかしその名の綴りには、ひとつひとつの名には引っ掛かるものを感じた。
感じたが、その場では思い出すことができず、他の新人たちにも一言二言声をかけて入隊式は終わった。
その後もアトライトを見かけるたびに引っ掛かるものを感じていたが、どうしても思い出すことができずにいた。
だが、ある日の新人たちの訓練を見に行ったときにようやく思い出せた。
正確にはアトライトの構えを見たときだった。
「あの構えは」
「あぁ、あやつですか。変わった構えですね。あんな風に剣を構えるのですから」
供にしていた団長は笑っていた。アトライトの構えはほかの新人たちとは違っていた。
剣を体の脇に立てるように構えていた。そんな構えをする者はほかに誰もいなかった。
しかし俺はそれを知っていた。なにせそれは俺が親父から教えてもらった構えであり、俺がひとりにだけ教えた構えだった。その構えを見てようやく思い出せた。
「そうか、あの子の、か」
千年近く前、城を抜け出したときがあった。
そのときにひとりのエルフの子供に出会った。
捨て子だったようで名前もなく、当時「グラトニー」にもあったスラムにひとりで生活していたようだった。
なんでそんなのを知っているのかというと、ちょうど路地裏を通って城の追手から逃げているときに切りかかってきたんだ。
はじめは兵のひとりかと思っていた。それなりに鋭い斬撃だった。
しかし放ってきたのはまだ幼い子供だった。
唖然としつつも追っ手も迫っていたこともあって、抱えて逃げた。
自分でもなんでそんなことをしたのかはよくわからない。
なんとなく興味が沸いたんだ。
そうしてその子供を抱き抱えて、結局スラムまで逃げることになり、その子供のねぐらに匿ってもらうことになった。その子は渋々とだったが、「条件付き」で頷いてくれた。
追っ手もさすがに俺がスラムにいるとは思っていなかったようで、なかなか俺を見つけられなかったようだ。
一日だけのつもりだったのに、結局十日以上、二週間近くその子とは一緒に生活した。
居候しているのもなんだったので、宿代代りにその子に剣を教えた。
その子の剣は生きるために奪うためのものだった。
奪うための剣が悪いわけじゃない。そういう剣もある。
だが、そんな剣を子供が使うのは悲しすぎた。
だからまっとうな剣を教えた。
剣で奪うのではなく、剣で生きられるように手ほどきをしてやったんだ。
その際、俺は自分の正体を教えなかった。
ただ高貴な血筋だとだけは教えていた。
……高貴という言葉を知らずに首を傾げられてからは座学も少し教えてやった。
剣はともかく座学は嫌がられるだけかと思っていたが、意外なことに剣よりも喜んでいた。
スラムにいては文字を読むことも書くこともできないし、計算だってできない。
だから教えてもらえるのであれば、どんなことであっても嬉しいと言っていた。
俺がその子にものを教えることができたのは半月ほどだったが、その半月ほどの日々を目一杯使って学んでくれた。
「じゃあな。元気でやれ。次会うときまでには「選んで」おけよ」
「ありがとうございました、「先生」」
別れの日に俺はかくまってもらうときの「条件」を果たした。その子に名前をつけてあげたんだ。
だが、思い付く名前は五つあり、ひとつに絞り混むことはできなかった。
だからその子に選んでもらおうとしたんだが、その子もまた選べなかった。
「どれも俺のための名前だから。選べません」
困ったことを愛らしい顔で言ってくれた。
その頃には俺はその子を息子のように思うようになっていた。
半月も一緒にいれば情だって移るし、「先生」と呼ばれて慕われてしまったらかわいく思えても無理もない。
だからと言っていきなり連れて帰ることなどできない。
養子として迎えるにも手続きが必要だった。
面倒ではあったけど、その子のためであれば致し方がなかったし、スラムで生活しているうちにするべきことも見えてきていた。
ほかにも細々としたやることがある。それ以上の逗留はできなかった。
「次会うときはとびっきりのプレゼントを持ってきてやる。期待していろよ」
「はい、「先生」」
その子は穏やかに笑っていた。
それがその子に会った最後だった。
養子の手続きややるべきことを終えた頃には半年近く経ってしまっていた。
ずいぶんと遅くなってしまったが、約束を果たしに行ったときには、その子のねぐらは別の男が使っていた。
その男に話を聞くと、あの子はほんの数日前に旅立ってしまったそうだった。
どこに行ったのかはわからないが、俺が教えてやった剣で用心棒の仕事を得たようだった。
その後、方々を探してみたが、名前もわからない孤児を探すことなどできるわけもなく、結局あの日があの子と会った最後になってしまった。
あれから千年が経ち、エルフと言えど、寿命をとっくに迎えた頃、あの子の面影を持ったアトライトが俺の前に現れたんだ。
「……選べないなら、全部ってところか」
アトライトの名前は俺があの子の名前に考えたものだった。
すなわち「アトライト」、「フォルエウス」、「エーデルバイト」、「ルーカス」、「プリズム」の五つだった。
ただ「フォルエウス」だけはあの子はうまく発音できず、「ホリエウス」と言っていた。
アトライトの本名は「アトライト・ホリエウス・エーデルバイト・ルーカス・プリズム」であり、あの子に教えた構えを使い、アトライトで三代目となる。
状況から踏まえてあの子の孫であることは間違いなかった。
「陛下?」
「なんでもない」
千年を経て、あの子を想わせる存在が俺のところへ来た。
そのことに気づいた日のことを俺はいまでも忘れることはできない。
そうして俺は千年ぶりにはじめての息子と再会したんだ。
続きは二十時になります。




