Act8-164 舞台に上がる資格
アイリスが消えた。
死んだわけではなく、謎の黒い騎士に連れ行かれてしまった。
あの黒い騎士はいったい何者なんだろうか?
「ラスト」でも空間に入っていなくなったって話だったけど、実際に見たのは今回が初めてだ。
そもそもあの移動方法はなんだ?
どうやって空間を裂いているんだろうか?
空間を裂く魔法なんて聞いたこともないし、実在するのかな?
よくわからない。わからないけど、あいつが底知れない相手だというのはわかる。
とにかくこれで戦いは──。
「死になさい、「狂人」」
──終わりだと思っていた。
けど、戦いはまだ終わっていなかったようだ。
ククルさんを連れたモーレがアトライトさんに攻撃を始めたんだ。
「ククルさん!?」
「がぁぁぁぁーっ!」
ククルさんの攻撃が始まると、アトライトさんは呻き声をあげながら、暴れ始めた。
「アトライトさんもなにをして──っ!」
「がぁぁぁぁー!」
いきなりアトライトさんが近くに落ちていた瓦礫を投げてきた。
避けようとしたけど、ティアリカが前に出て、瓦礫を小石の粒になるまで斬ってくれた。
いつ剣を振ったのかさえもわからなかった。
「あ、ありがとう」
「お気になさらずに」
にこりとティアリカは笑っている。笑顔自体はきれいだった。
でもその直前にしていたことを踏まえると、めちゃくちゃ恐ろしかった。
どうしてうちの嫁ズは怖い部分が多いのだろうか?
まぁそれはそれとしてだ。
「アトライト、さん?」
いきなり攻撃してくるなんてどういうことだ?
さっきまでとはまるで違う。
まるでアイリスに命じられるままに行動していたときのようだ。
もしかしてまた意識がなくなったのか?
「……いや、違う」
アトライトさんの目には理性の光が宿っていた。
つまりあの人には理性が残っているということ。
なのに、まるで理性を再び失ってしまったかのようにあの人は振る舞っていた。
なぜ?
なぜそんなことを?
それじゃあまるで──。
「「化け物」として討たれようとしているのでしょうね」
ティアリカが悲しそうに目を細めている。
「「化け物」って、あの人は──」
「……証拠がありません。いまも意識があるなんてあの姿を見るかぎりはありえないでしょう。だって彼は──」
「がぁぁぁぁー!」
「……そうか、俺にまた攻撃をするのか。いい度胸だ」
アトライトさんの声とともに静かな声が聞こえてくる。
声の聞こえた方を見やれば、グラトニーさんへと脚を振り上げで、攻撃しようとしていた。
「──ああして、国主であるグラトニー殿にも攻撃しようとしています。意識があるのであれば、それはありえないでしょう。つまり彼という意識はもうないのです。あれはすでに「化け物」となっているのですよ」
「そんなことない! だってさっきと同じだ! 目に理性の光が!」
「っ、がぁぁぁぁー!」
アトライトさんが悲鳴に似た絶叫を上げた。
見ればグラトニーさんがアトライトさんの目を切っていた。
アトライトさんは両目から大量の血を流していた。
いまのは両目を切られた痛みゆえの叫びだったのか。
いや、そんなことはどうでもいい。なんでわざわざ目なんて切るんだ?
視力を失わせれば相手の戦力は大幅に減る。目を狙うというのはある意味定石とも言えなくもない。
しかしそれは常人であればの話。アトライトさん相手では意味がない。
いまだって切られた目が徐々に回復している。目を切ったところで意味なんてないんだ。
ならなぜ目を切ったんだ? もしかして──。
「目がどうだのこうだのと言っていなかったか? とりあえず切っておいたが、全然堪えねえな」
「……俺が言ったから?」
「ああ。そうだよ? それがなにか?」
グラトニーさんは俺の目の前に着地した。背を向けられながらの会話だったけれど、気にする余裕なんて俺にはなかった。
「なにかじゃねえ! なんで、なんであなたまで攻撃するんだよ!? 息子だって言っていたじゃないか! 大切に思っていたんでしょう!? なのになんで」
「……祖国の盾となり、陛下の剣となる。あいつはそう誓った」
「え?」
「剣としては頼りなかった。どれだけ鍛えてやっても時折兵に負けてしまうほどだった。けれどそれでもあいつは祖国の、この国の盾として全身全霊を懸けていた。そんな男の最後の願いだ。俺にとっての最高の忠臣であったあいつの最後の晴れ舞台だ。たとえそれが「狂人」として死に果てるものであったとしても。俺はその姿を見なければならない。見届けてやらなきゃいけない。それが親父としての最後の仕事だ」
そう言って振り返ったグラトニーさんの目から再び血の涙が零れ落ちていた。
グラトニーさんは拭うこともせずに再び背を向け、またアトライトさんへと攻撃を仕掛けていく。
そしてそれはククルさんもまた。ふたりがかりでの攻撃でアトライトさんは徐々に弱っていく。
嘆きも涙も枯れ果てさせながら、終わりが決まった「舞台」は続いていく。
その「舞台」に俺は上がる資格を持っていなかった。
俺ができるのは「観客」として「舞台」の幕が下りるのを待つことだけだった。




