Act8-163 謎の騎士
アイリスが高らかに笑いだした。
それまではなにやらしおらしい態度を取っていた。
その姿はとても凛としたもので、まるでお姫様のようだった。
名も知らぬ国の姫。そう思えてしまうほどにそのときのアイリスは高貴という言葉がとても似合っていた。
それこそアトライトさんが戸惑ってしまうほどに。
いや、この場にいた誰もがアイリスの変化に戸惑いを隠せなかった。
死の寸前にその人の本来の姿が顏を出すと言うけれど、あれが本来のアイリスなのだろうか?
であれば、いままでの姿はいったいどういうことなのか。
理解できないまま、らしからぬアイリスの姿に困惑していたときだった。
アイリスが不意に笑い出したんだ。
「我が名は、アイリス。アイリス・フォン・ルシフェニア。この身が死しても滅びることはない! この邪悪は人の世に、人の心に邪悪がはこびるかぎり、我の意思は死なず! 怒るがいい、恨むがいい、嫌悪せよ! 「天」の名を座しても我が身、我が心、我が魂は邪悪である! この邪悪、この世界への呪いとなろう! この世界を滅ぼす呪いとして、我は不滅となる! あはははは!」
けれど笑い出したことで、そのイメージは崩れ去った。
その表情は壊れているようでもあったけど、ひどく冷静でもあった。自分の終わりを受け入れた。そんな顔をしていた。
誰もがアイリスの死は避けられない。そう思っていた。そんなときだった。
空間がいきなり裂けた。
比喩でもなければ見間違いでもない。アトライトさんの腕の辺りの空間が急に裂けたんだ。
そして裂けた空間から、「狼の王国」で会ったあの黒い騎士が現れた。
黒い騎士はアイリスになにかを言っていた。そのアリリスは驚いた顔をしている。信じられないものを見るような目で黒い騎士になにかを言っているようだった。
黒い騎士はアイリスになにかを言い、そして──。
「薄汚い手を離せ」
そう言い放つとアトライトさんの手首から先を両断していた。
「え?」
それが誰の声だったのかはわからなかった。
それまで繋がっていたはずのアトライトさんの手首が腕から切断された。
アトライトさんが驚愕していた。でも騎士は止まることなく、アトライトさんの指を切り刻み、アイリスを解放すると優しく抱き抱えた。
抜いていたのは真っ白な剣だった。
ただの鉄なのか、それとも魔鋼の剣なのかはわからなかったけど、その剣はアイリスを抱き抱えたときにはすでに鞘に納まっていた。
切り刻んでいたはずなのに、いったいいつの間に鞘に納めたのだろうか?その動作さえ見えなかった。
「我が国の姫君は返してもらった」
アトライトさんの腕の上で黒い騎士は見下ろしながら言い放った。その目はとても冷たい。憎悪に満ちてさえいた。
ただ──。
「此度は引こう。此度はこちらの敗け。しかし直にいままでの敗北をすべて帳消しにさせてもらう。覚えておくがいい」
ただ、俺を見る目だけはどこか暖かみを感じられる、見覚えのあるまなざしが向けられていた。
いったいこいつは誰なんだ?
問いただすよりも早くその騎士は再び空間を裂いてアイリスと一緒にその中へと入っていく。
その際のアイリスはとても幸せそうに頬を赤らめていた。
俺と一緒にいるときのアルトリアを想わせるような表情だった。いったいあれは誰なのだろう?
正体がわからないまま、アイリスと黒い騎士は空間の中へと消えていったんだ。




