Act1-3 人魔族
俺とアルトリアが出会ったのは、豹変したゴンさんに連れられて、「竜の王国」に帰って来て間もないときだった。
「蛇の王国」の首都「エンヴィー」から、ほんの数時間で「ラース」にたどり着いていた。が、たどり着いた頃には、もう精も魂も尽き果てていた。
ジェットコースターを超える速度を、数時間も味わったのだから、無理もない。
アルーサさんたちは途中で叫び疲れたのか。それとも気を失ったのかはわからなかったけれど、とても静かだった。
そんな俺たちを尻目にシリウスは終始楽しそうに空の旅を満喫していた。
本当にどうしてこういうところだけは、父親に似ているのだろうか。
普段はちょっとアホの子っぽいのに。アホの子だからこそ、あの状況で満喫できたとも言えなくはないのか。
どちらにせよ、俺たちは「ラース」の正門、その橋の手前に降ろされた。ゴンさん曰く、「ラース」に入るためには、一度正門前で審査を受ける必要があるってことだった。
俺の場合、この世界に降り立ったのが、「ラース」だったので、ラースさんの手で審査は終わっているそうだ。が、アルーサさんたちの審査がまだだったので、アルーサさんたちのために正門前に降りたわけだった。
俺まで降ろさせられる必要はないんじゃないかと思ったけれど、ゴンさん曰く、責任者が「ラース」内に入る人数を最初に伝えなきゃいけないとのことだったので、俺も降ろさせられたわけだ。
ただ俺が責任者であれば、俺のことは、ラースさんがすでに門番さんに伝えてあるようなので、人数を言って、確認さえすれば、それで大丈夫らしい。
アルーサさんが責任者だった場合は、顔パスにはならず、それなりの時間をかけて審査が行われるそうだった。
特にアルーサさんたちは、元犯罪者であるから、普通以上に審査が長引く可能性があるので、どちらにせよ、俺も一緒に正門前で降ろさせられることは確定していたそうだ。
面倒だなとは思ったが、せっかく手に入った労働力をみすみす手放したくなかったので、黙って審査を受けることにした。そんなときだった。
「おい、見ろよ、「混ざり者」だぜ」
不意にそんな声が聞こえてきた。
声の聞こえた方を見やれば、ぼろぼろのフード付きのローブを身に着けた女の子が、橋の前で佇んでいた。女の子はフードを深くかぶり、顔を見せないようにしていた。
だが、服装の割に、服から覗く肌がとても白くきれいだった。
きっと顔もきれいなんだろうなぁと思いながら、アルーサさんたちに声を掛けようとしたのだけど、アルーサさんたちは、その子を一瞥するだけで、特になにか言おうとはしなかった。
むしろ、その子の姿を見て、少し顔を顰めていた。
「えっと、知り合い?」
「いえ、「混ざり者」の知り合いは、ククルギルドマスターくらいですね」
アルーサさんが答えると、ミーリンさんとモルンさんもそれぞれに頷いた。
だが、「混ざり者」という意味がいまいちわからなかった。モーレも言っていたような気がしたけれど、意味までは聞いていなかった。
だが、アルーサさんたちの反応を見るかぎり、あまりいい意味ではないように思えた。そしてそれは的中した。
「ああ、そうか、カレンさんは「混ざり者」と言ってもわからないんですよね。そうですね。言うなれば、三番目の種族とでも言えばいいでしょうか」
「三番目?」
「ええ、人族と魔族。その間に生まれし忌み子。それが人魔族と呼ばれる種族です。そして人族も魔族も共通して彼らを「混ざり者」と呼んでいます」
「その言い方だと、蔑んでいるみたいだけど」
「実際、そうですね。人族も自分たち魔族も人魔族を快く思ってはいません」
アルーサさんは、目を細めながら、女の子を見つめていた。
ミーリンさんとモルンさんはなにも言わないけれど、いくらか厳しい目で女の子を見ているようだった。
「って、魔族? アルーサさんたちが?」
俺の知識では、ハーフフッド族は亜人種だった。が、アルーサさんは自分たち魔族と言った。
いつからエルフ系統の、妖精系の種族は魔族になってしまったのだろうか。そんな俺の疑問にアルーサさんは答えてくれた。
なんでもこの世界では、人族以外の人型の種族はすべて魔族という扱いになっていて、亜人種という言い方はされていないそうだ。
当然普通であれば、亜人種扱いされる、エルフやドワーフ、そしてハーフフッドもまた魔族扱いだった。
なんというか、人族至上主義な考え方というか、ずいぶんと大雑把な分け方だった。いっそ乱暴とも言える。
けれどアルーサさんたちは、そんな分け方をされても、気にしていなかった。
なんでも物心がついたときから、そういう分け方をされていたから、特に気にしたこともなかったそうだ。植生といい、種族といい、この世界独特のもの。いわば異世界ギャップだった。
魔族のくくりが思った以上に広いのはわかった。だが、なぜ人魔族とやらが嫌われ者扱いされているのかが、よくわからなかった。
アルーサさんたちも理由はわからないらしい。
ただ人魔族だからと言っていた。完全に理由ではなかった。
けれどアルーサさんたちにとっては、人魔族は人魔族だからいけないというのが、立派な理由として成り立っているようだった。それはきっとほかの魔族や人族でも同じことなのだろう。
「あんなに肌がきれいな子なのになぁ」
まだ素肌しか見ていないけれど、嫌われ者なんてちょっと想像できない。
肌がきれい=人気者と言う気はない。が、時折見えるフードの奥に隠れた顔は、なかなかの美人さんのように見える。
その時点ではあくまでも顔のパーツくらいしか見えなかったけれど、頭の中でそのパーツを組み合わせていくと、美人さんができあがっていた。
あれだけの美人さんをやっかむというのは、なんだか納得がいかない。
美人さんじゃなければいいのかというわけでもないけれど、というか、あれだけ美人さんなら男の方から寄って行きそうな気がした。
試しにアルーサさんに尋ねると、頷かれてしまった。ただそれはあまりいい意味ではなかった。
「人魔族は男女ともに美形揃いですから。奴隷商人にとっては、いい獲物になるんですよ」
「え?」
「その美貌が仇になるってことです。人気の比率は女性の方が高いですね。男性の場合は、純粋な労働力に選ばれることが多いですが、女性の場合は夜伽の相手として選ばれやすいです。抱くのであれば、より顔がよく、肉付きのいい相手というのは、人族でも魔族でも変わりません。なかには、体つきが幼い方がいいという人もいますが、少数派ですね。大多数は、肉付きがよく、顔もいい女を選びます。その点、人魔族はそういう要望に適しています。攫ったところで、誰かが探すわけじゃないので、恰好の獲物と言えますね。まぁ、私たちは人魔族を獲物にはしませんでした。人魔族の数はそこまで多いわけではありませんので、手間と労力を考えると、稼ぎはとんとんがいいところですからね。それに下手をすると、ほかの奴隷商といざこざになる可能性もありましたから、人魔族を見つけても避けることにしていましたよ」
「現実的と言えばいいのか。それともロマンがないと言えばいいのか」
「さて、それはカレンさんの考え次第です」
奴隷商なんてやる気はないが、アルーサさんの言ったことは、おそらくモーレが立てたであろう方針は、大きく間違ってはいない。
ライバルが多いのは避け、ライバルの少ないところで生き残る。
稼ぎはそう多くないだろうが、堅実的なやり方だった。俺がモーレと同じ立場でも、同じ方針をしていただろうと思う。
とはいえ、現代日本で生まれ育った俺としては、奴隷という考えがどうにもなじまないので、奴隷商なんてものに手を出すことはこの先もありえない。
ただ興味はあった。むろん、奴隷商というものではなく、人魔族とされる女の子の方に興味がある。
というか、放っておけないとでも言えばいいのか。あまりにも危うい雰囲気があった。
いまにも橋を乗り越えて、堀に向かって身投げしそうな。そんな危うい雰囲気を女の子は纏っていた。
「……ねぇ、ゴンさん」
「能力があるとは、限りませんよぉ~?」
「大丈夫かな?」
「私は、人数分のドラゴンを引き連れて迎えに行けとしか言われていませんからねぇ~。カレンちゃんさんが、私の背中にカレンちゃんさんとシリウスくんに加えて、もうひとり乗っていたと言えば、それはそれで構わないかと思いますよぉ~。おすすめはしませんけどぉ~」
アルーサさんたちは、俺とゴンさんが言っていることを理解していないようだった。
まぁ、アルーサさんたちの常識で考えれば、ありえないことだろうから、無理もない。
ただまさかゴンさんが理解してくれるとは思ってもいなかった。
「いいの?」
「私は構いませんよぉ~? カレンちゃんさんが後悔しないのであれば、カレンちゃんさんのしたいようにすればいいのですからぁ~」
「ありがとう」
「いえいえ~」
ゴンさんは手をひらひらと振ってくれた。俺はゴンさんたちのそばから離れ、人魔族の女の子の元に近寄っていった、そのとき。
「おい、そこの人魔族のガキ」
人相の悪い兄ちゃんたちが、いつかつい顔をした、巨体のスキンヘッドが率いるごろつきのような連中が、女の子を囲むようにして声を掛けた。




