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Act8-161 決意と助言 その二

「ククルさんこそ、なにを言っているんですか?」


 それまで震えていたはずのククルさんはいつのまにか不敵な笑顔を浮かべていた。


 それはいつものククルさんらしいものだった。


 けれどなんで? なんでいつも通りになっているんだよ? 


 さっきまで震えていたじゃんか。さっきまでいまにも泣きそうな顔をしていたじゃないか。


 なのになんで急にいつも通りになっているんだろうか?


 どうしていつも通りに振る舞えるんだよ? 


 だって幼なじみを助けられるかどうかの瀬戸際なんだぞ? 


 なのになんで冷静でいようとしているんだよ?


 意味がわからないよ。


 なんで? なんで、なんで? なんでだよ!?


「……さて? なにを、とはなんのことでしょうか? 私たちがここに来たのはあの「売国奴」を討つためでしょう? いえ、「売国奴」ではないですね。あれはただの「狂人」ですから。生かせていてもこの国に益はありません。むしろまた同じようなことをして、この国を転覆させかねません。そんな「狂人」を生かしておく理由がどこにありますか?」


「なに、言っているんですか? それはこの「茶番劇」のシナリオであって、実際は」


「ティアリカ殿が言ったように、その言葉の証拠はどこにありますか? 一歩間違えれば国が転覆したかもしれない。そんな「茶番劇」などあると思っているのですか?」


「それは」


 言い返せない。たしかに、この「茶番劇」は下手をしたら国が転覆していた可能性があった。


 グラトニーさんの息子さんという犠牲が出てしまった。


 しかしもしかしたらその犠牲はグラトニーさん自身だった可能性だってあった。


 あくまでも可能性という話でしかないけれど、もし本当にグラトニーさんが犠牲になっていたら、この国は滅びていたんだ。


 たしかにそんな危険性がある「茶番劇」などあるわけがない。


 その当事者であるククルさんは知らぬ存じぬと言っている。それはグラトニーさんも同じだろう。


 当事者であるふたりがそう言っているということは、証拠なんて髪の一本も存在しないはずだ。


 つまりアトライトさんの死は決まってしまっているんだ。避けることができないものなんだ。


 わかっていたことだ。でもそのわかっていたことを、いま初めて痛感させられた。


 この場において俺にできることはなにひとつもないということを。


 俺はただ指を咥えて見ていることしかできないということを。俺は痛感させられてしまった。


「さぁ、殺してあげないといけませんね。ふふふ、この件の褒章はどれほどのものになるのか、楽しみです」


 ククルさんが背を向けた。その際頬を幾筋もの涙が伝っているのが見えた。


 実際には見えていないし、頬だって濡れていない。


 しかし俺には見えた。目には見えない涙を流し続けるククルさんをたしかに見たんだ。


「なんで、だよ」


 それでも俺には納得はできない。


 理解することはできた。でも納得はできない。


 だって、だってさ、ほかにも方法があるかもしれないじゃんか。


 ほかにもやりようがあるかもしれないじゃないか! 


 なのにそんな可能性をすべて切り捨てるなんてバカじゃないか。


 意味なんかじゃないか。


 なのになんでだよ? 


 なんで生きることを放棄するんだ! 


 誰も助けようとしないんだ! 


 そんなことになんの意味があるんだよ!? 


 証拠とか、そんなのはどうでもいいだろう!?


 助けたいんだ。助けてあげたいんだ。なのになんでみんなそれをわかってくれないんだよ!?


「……小娘ちゃん。「大人」とはどういう存在ですか?」


「え?」


「答えなさい。あなたが思う「大人」とはどういう存在ですか?」


 ククルさんの口調は有無を言わさないものだった。


 だけど、いまそんなことを言ってなんの意味があるんだろうか?


 わからない。わからないけれど、意味があるのであれば答えるしかなかった。


「責任を果たす人だと思います」


「その心は?」


「大人っていろんな責任を抱えているじゃないですか。家族を養ったり、仕事をこなすためだったり、と。がんじがらめになりながらも、抱えた責任を果たすこと。それが「大人」だと俺は思います」


 そう、「大人」はいろんな責任を抱えさせられる。それでも黙々と責任を果たしていく。


 子供であれば抱えた責任なんて知らないと放り出せるだろうけれど、大人の場合はそうはいかない。


 みずから抱えた責任を果たせない人を誰が信用するだろうか? 


 信用するわけがない。


 だから俺が思う「大人」というのは責任を果たす人のことだった。


「概ね正解ですね。責任を果たす。それもまた「大人」のやることです。ですが、ひとつ付け加えてください」


 ククルさんはそう言って振り返った。振り返ったククルさんは笑っていた。泣きながら笑っていた。


 今度は目に見えないものではなく、本当に泣いていた。泣きながら笑っていたんだ。


「……その責任を果たすために、悲しみも愛おしさもすべてを押し殺す。それが「大人」になるということです。あなたもいずれは「大人」になるでしょう。けれどそのとき決して私のようになってはなりません。間違っていると思っていても、やりたくないと思っていても、やるしかない。その不条理を変える力を持たない弱い「大人」にはならないでください。不条理を糾弾し、不条理を覆すための行動に移せる「子供の心」を持った強い「大人」になりなさい。私のような弱い「大人」になってはいけませんよ」


 ククルさんはまっすぐに俺を見つめていた。それはククルさんの心からのアドバイスなんだろう。


 なんて言えばいいのかわからない。なにを言えば受けとめられるのかもわからない。


 ただその言葉に込められた悲しみと苦しみだけは理解することができた。


「……ご助力させていただきます、ククル様」


 不意に「謁見の間」に影が差した。見ればモーレが「神器」を手にして空から降り立っていた。


「エレーン様、でしたか?」


「……見習いの身ゆえ、エレーンで十分でございます。それよりもご助力をさせていただきたく」


「助力ですか?」


「カオスグールを討つのであれば、あの巨体にトドメを差すためには、この「神器」の力は不可欠かと。……「神器」であれば一瞬で済みますゆえ」


「……そう、ですね。ではご助力をお願いいたします」


「畏まりました」


 モーレは一礼をすると、ククルさんを連れて再び大空へと舞い上がっていく。その姿を俺はただ見守ることしかできなかった。

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