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Act8-151 父親として

 今日はありえないことばかり起こる。


 尻尾を振るだけの雑魚に反旗を翻されたと思ったら、忌々しい女になす術なく殴られてしまった。


 それでも最後には雑魚と忌々しい女に意趣返しをできたと思っていた。そう思っていたはずだったのに──。


「「蝿王」だと?」


 ──殺したはずの「蝿王」が、首と胴体をこの手で切り離してやったはずの男がなぜか目の前にいた。


 わけがわからない。


 雑魚に反旗を翻されたのは、あの愚妹が中途半端な引き継ぎをしたせい。


 忌々しい女にしてやられたのは、たまたま冷静ではなかったから。


 どちらも不運ゆえのもの。


 しかし今回ばかりは不運どころではない。


 死んだはずの「蝿王」が生きて私を睨み付けている。


 ありえない。


 ありえるわけがない。


 死んだ人間が生き返ることなどありえるわけがない。


 たとえ禁忌の蘇生魔法を使ったところで、術者は死ぬ。


 生と死は表裏一体。誰かが死ねば誰かが産まれる。


 誰かを生き返らせようとすれば、誰かが死ななければならない。


 蘇生魔法はその原理に基づいて生み出されている。


 ゆえに使い手はいない。


 使えば死ぬ魔法の使い手など誰がなるものか。


 それに蘇生魔法は体が欠損していたら使えない。


 たとえば首が切り離されていたら、生き返ってもすぐに死ぬ。


 いや生き返ったこともわからないほどに早々と死ぬ。


 そして術者も死ぬ。蘇生魔法は命を再び宿らせるだけの魔法であり、体の欠損を治すものではない。


 体の欠損は「大回帰(リザレクション)」でなければ治せない。


 しかし「大回帰(リザレクション)」は、命を蘇らせることはできない。


 そして「大回帰(リザレクション)」もまた術者の死とともに発動する魔法。


 正確には術者の生命力と引き換えに対象を治療する魔法。


 首を切り離してやった「蝿王」が生き返るには、蘇生魔法と「大回帰(リザレクション)」のふたつを併用しないといけない。


 つまり命をふたつ消費しなければならない。


 だがそれぞれの魔法の使い手などいない。


 であれば奴が言った影武者というのは、事実なのだろう。


 死んだのは影武者。「蝿王」の実子、つまりはこの国の王子のひとりということ。


 合点がいった。


 どおりで、どおりで弱いはずだ。


「お父様」にあれほど言い聞かせられた「七王」の一角があんなに弱いわけがない。


 つまり私は最初からはめられていたということなのか?


 最初から「蝿王」の策にはまっていたと。


「蝿王」をこの手で討ったという偽の成果を誇っていたと。


「は、ははは」


 笑いがこみ上がる。いままで以上の憤怒とともに笑いがこみ上がる。


「あの愚妹がぁぁぁーっ!」


 すべて。すべてはあの愚妹が脚を引っ張ってくれたせいか。


 いや、あの愚妹の報告を鵜呑みにした私の油断か。


 だがどちらにせよ、この汚名を削がなければならん。


 私はアイリス。「三姫将」がひとり「天」のアイリスなのだから。


 アイリスとしてこの汚名を返上せねばならない! そのためには──。


「今度こそ殺してやるわ、「蝿王」!」


 ──今度こそ「蝿王」の首を落とす!


 あの無能を元にしたカオスグールは一蹴された。


 しかし今回のカオスグールは違う。


 雑魚とはいえ、奴がかわいがっていた部下を元にしている。


 血の繋がりはないが、この雑魚を息子と呼んでいたことを踏まえれば、この雑魚を攻撃することなどできまい。


 息子と思っている相手を攻撃できたら、それこそ──。


「それは俺のセリフだ。お嬢ちゃん」


 視界が反転した。


 カオスグールが不意に倒れた。


 なにがあったのかさえもわからない。いや、わかる。わかるが、それはありえない。


「貴様、息子と呼んだ相手を!?」


 ありえるとすれば、それはカオスグールの足を攻撃したということ。


 実際にカオスグールの脚は脛から下を切断されていた。


 いったいいつ切断したのだろう? 


 そんな動きなどなかったはずだったのに。そもそも自分で息子と呼んだ相手の脚を切り落としたというのか!?


「ああ、そうさ、息子だよ。息子だからこそ、親父である俺が止めてやらなきゃいけないんだよ」


「蝿王」は強い決意を帯びた目をしていた。


 決意を帯びた目をしながら、血の滴る剣を構えていた。

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