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Act8-147 混沌の胚

 一瞬だった。


 ほんのわずかな油断が悲劇を生んでしまった。


 ククルさんの悲鳴が聞こえる。


 聞こえてきた悲鳴とともに、アトライトさんが叫びながら崩れ落ちる。


 胸を押さえながら、体を震わせていた。


「アトライト!」


 ククルさんがアトライトさんを介抱しようとしていた。


「近寄っちゃいけない」


 脂汗を掻きながら、アトライトさんを文字通り突き放した。ククルさんは驚いた顔をしていた。


 だけど、理由はわかる。というよりも無理もない。


 なにせアトライトさんは、少し前までとは様子が違ってしまっていた。


 瞳孔は縦に裂け、目の色は紅く染まっていた。充血しているわけじゃない。目の色が紅に変わっていたんだ。


 ほんのわずかな違い。しかしその差違が決定的なものだった。


「アト、ライト?」


「逃ゲろ」


 次に変わったのは声だった。


 声がいきなり甲高くなり、呻き声と笑い声が同時に聞こえてくる。


 そのふたつはアトライトさんの口から発せられていた。次の瞬間、アトライトさんの体が膨張し始めた。


「アトライト!」


「はヤク、にゲテ。抑えキレナイ」


 瞳孔が裂けた瞳から涙がこぼれ落ちる。 


 膨張する体は徐々にアトライトさんを作り替えているようだった。


 でもまだアトライトさんの意識が残っているようだった。


 エリキサを使えば助けられるかもしれない。


 アイテムボックスに残っているはずのエリキサを取り出そうとした。だが──。


「さっさと腐肉と化せ。雑魚が」 


 ──俺がエリキサを取り出すよりも速く、アイリスがあの不気味な実を再びアトライトさんに押し付ける方が速かった。


 アトライトさんが再び叫んだ。


 いや「叫び」じゃない。


 これはもう獣の「咆哮」だった。


 そんなアトライトさんの姿にアイリスは感極まったかのように、とても楽しそうに笑っていた。


「あははは! すごい、すごい! ラスティとかいう無能に比べたら、あなたはすごいね! まさか「混沌の胚」をふたつもその身に受けたのに、まだ姿を保っていられるなんてね? 恋をすると人は強くなれるって本当なのね。ならあといくつであなたは化け物になるのかしら?」


 ふふふと楽しげにアイリスが笑い、懐からあの実をまた取り出した。


「貴様ぁっ!」


 ククルさんが短刀を手にして、アイリスに襲いかかる。


 プチ切れのククルさんは何度も見たけど、今回は本気で怒っていた。


 憎しみのこもった目で、アイリスへと飛びかかるけども、アイリスはあっさりとククルさんの攻撃を避けた。そして──。


「三つめ」


 アトライトさんにみっつめの実を押し付けた。


 アトライトさんがまた「咆哮」した。同時にアトライトさんから禍々しい魔力が立ち上っていく。


「あらあら、三つでもまだお腹空いているの? ふふふ、じゃあ四つめね」


 アイリスがまた懐から実を取り出した。ククルさんが切りかかるも、アイリスは意に介することもなく、ククルさんを片手で投げ落とすと、そのままククルさんの背中を踏みつけた。


「ふふふ、いい子にしていなさいよ? あなたの幼馴染みが化け物になるところを特等席で見せてあげる」


 そう言ってアイリスは四つめの実をアトライトさんに押し付けた。

 

 アトライトさんは白目を剥いた。その白目すらも徐々に紅く染まっていく。


 そして体は徐々に変化していく。鎧を内側から破壊して、ぶよぶよの肉へと、化け物にへと変化していく。


 アトライトさんが変化していく姿をククルさんはアトライトさんの名を叫びながら見つめていた。


「アイリス!」


 アイリスに切りかかった。


 アイリスは舌打ちをしながら、飛び下がった。


 だが飛び下がりながらその手はアトライトさんの体に触れていた。


 わずかにだけど、その手にあの実が収まっていたのが見えた。


「五つ目」


 語尾にハートマークでもついていそうなほど、アイリスは楽しげだった。


「さぁ、目覚めなさい。カオスグール!」


 アイリスの声がこだまし、それは起こったんだ。

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