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Act8-146 油断と悲劇の始まり

 アイリスを殴り続けていた。


 でもかなり手加減をして、だけども。


 まるで力を込めていないパンチでもダメージを与えることはできる。


 実際手数重視のパンチでも無数に当てれば、どんな相手でも勝つことはできるんだ。


 ボクシングの世界チャンピオンでも手数重視の相手に負けてしまうってことはあるんだ。


 ……まぁ、手数を一撃で返すことができるのもまたボクシングだけど。


 とはいえ、俺がしているのはボクシングじゃない。


 そもそもボクシンググローブなんて身につけてもいない。


 素の拳でアイリスを殴っていた。まるでアルトリアを殴っているみたいで、気分は最悪だ。


 それでも殴らずにはいられなかった。殺すつもりであれば、「黒狼望」で胸を突き刺せばいい。


 けれど俺はアイリスを殺さないと決めた。


 だから殴るだけで済ませている。


 もっとも殴り続けていたら、アイリスが死にかねない。


 どんなに軽いパンチであっても当て続ければ、ダメージは蓄積される。


 その蓄積されたダメージが原因で死んでしまうことは十分にありえる。


 だから殴るのはここまでにした方がいいかもしれない。


 これ以上は本当に殺してしまいかねない。


 それにこれだけ殴れば、アイリスも退くはずだ。


 少なくとも現時点では俺には勝てないとわかったはずだ。


 俺であればまず間違いなく退く。それはアイリスだって同じだと思っていた。


「許さん。許さん、許さんぞ、虫けらがぁぁぁーっ!」


 けれどアイリスは怒りに燃えていた。


 殴られ続けたことがかえって怒りを助長させてしまっていた。


 それとも俺が余計なことを、アルトリアが抱く気持ちが偽物だと言ったことが、相当に頭に来たのかもしれない。


 アイリスはアルトリアが好きなんだというのが、それだけでわかった。


 俺もかつてはそうだった。気持ちはわからないでもない。


 けれど現状をひっくり返すことができないのは明らかだ。


 それでもなお戦おうとするのは、愚策でしかない。


 徹底的にわからせるしかないのか。


 そう思っていた。けれどそれが間違いだった。


 アイリスが懐から気味の悪い真っ暗な実を取り出したんだ。


 それは禍々しい魔力を帯びたうえで、心臓のように鼓動していた。


 その身を見た瞬間、俺はとっさにアイリスから距離を取った。


 いや、距離を取らざるをえなかった。それほどまでにアイリスが手にしていた実は気味が悪かった。


「なんだ、それ?」


 静かに「黒狼望」を構えた。素手であれに触りたくない。ガルムには悪いけれど、我慢してもらいたかった。


「これか? ふふふ、素晴らしいものだよ。それをいまから見せてやる」


 にやりと口元を歪めるアイリス。口元を歪めながらまっすぐに向かってくる。


 狙いは俺か。どういう狙いなのかはわからない。


 わからないけれど、あの奇妙な実を取り出してきたということは、現状をひっくり返せる切り札なのだろう。


 どういう用途なのかはさっぱりだ。それでも油断はするべきじゃない。「黒狼望」を静かに構えて、アイリスを見つめた。


 アイリスはまっすぐに。変わらずにまっすぐ突っ込んでくる。


 なにが狙いなのか。なにがしたいのか。まるでわからない。わからないまま、アイリスを注視していた。


「掛かったな」


 不意にアイリスの声が真横で聞こえてきた。目の前にいたはずなのに、いつの間に。


 そう思って前を見る。すると目の前にいるアイリスの姿が薄くなっていく。


「まさか「無影インピッシブル」か!?」


 ティアリカが使う光魔法「無影インピッシブル」は、質量のある残像を生み出すものだった。


 その「無影」と実際のアイリスがいつのまにか入れ替わっていた。


 そして本物のアイリスはやはり「無影」で姿を消したのか。


 そしてそのことに気付かない俺の真横を通り過ぎたということ。完全に俺のミスだった。


「ま、待て!」


 振り返り、アイリスの後を追う。アイリスはすでにククルさんの元へと向かっていた。狙いは俺じゃなくククルさんなのか。


「貴様は許せん。がいまはそれ以上に雑魚の分際で私をこけにしたそのエルフへの報復が先だからな」


 無事な左目を血走らせながらアイリスが笑う。


「ククルさん!」


 声を掛けるけれど、ククルさんはとっさのことで反応しきれていなかった。


 どうにか懐から短剣を取り出すので精いっぱいだった。


 しかしその間にアイリスは奇妙な実をククルさんへと肉薄させていた。


「刻」属性でも間に合うかどうかの距離だった。それでもやらなきゃいけない。そう思っていた、そんなときだった。


「ククル!」


 真横からククルさんが押された。ククルさんはその場に崩れ落ち、代りにアトライトさんがアイリスの前に立った。


 そこからはとてもゆっくりと時間は動いていた。


「刻」属性を使ってもいないのに、時間の流れがひどく遅く感じられた。


 アトライトさんの鎧をアイリスの手が、いやその手にあった黒い実がアトライトさんの鎧を貫いた。


「アトライト!」


 ククルさんの悲鳴じみた声が「謁見の間」にこだましていった。

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