Act8-143 慟哭のひと言
めっちゃ遅れました。
なので余計なことは言わずにアップです、と言いたいところですが、アルトリアファンの方はご注意くださいとだけ言わせていただきます。
アイリスの右目を塞いだ。
手ごたえからして、目を完全に切り裂いたわけじゃない、と思う。
目なんて切ったことがないから、いまの一撃でどこまで切り裂いたのかなんて断定はできないけど、角膜はいまの一撃でダメになったのは明らかだ。
アイリスは紅い剣を手放し、右目を押さえながら叫んでいる。
アルトリアとよく似た顏が激痛に苛まされる姿は、見ていてあまり気持ちがいいものじゃない。
復讐を誓った身としては舌なめずりしたくなる光景とも言えるけれど、無理やり愛情を抱くことになった相手とはいえ、かつて愛していた女性と同じ顏の相手を痛めつけるのはあまり気分がよくない。
だからこれで終わりだ。
カルディアは左目だった。左目を失っていた。
カルディアと同じ左目を失わせるのもありだった。
けれど、この女とカルディアと同じなのは目を失うだけでいい。
だから右目にした。そしてこれで終りだ。
本当は殺してやりたい。全身をボロボロにして殺してやりたい。
でもそんなことをカルディアは望んでいないだろうから。
そしてシリウスが悲しむだろうから。
だから右目だけを奪う。それだけで復讐を終わらそう。
いや、終わらすべきなんだ。それがカルディアとシリウスの、俺の愛するカルディア(愛妻)とシリウス(愛娘)に対してしてやれることだから。
「これで終りだ。消えろ、アイリス。そしておまえらの「お父様」とやらに伝えろ。「いずれ挨拶しに行く」ってな」
「黒狼望」を納めた。アイリスは喘ぎながら、俺を見上げている。
その目にあるのは憎悪と怒りだけだった。少し前の俺の目。アイリスに対して向けていた感情だった。
「調子に乗るなよ、くそがぁぁぁ!」
アイリスが叫び、紅い剣を手に取ろうとした。
「遅い」
だけど、その動きは遅すぎる。
まるでストップモーションのようだ。
あまりやりたくないことだけど、アイリスの右手を、剣に伸びていた剣を踏みつけ、左足で顔面を蹴りつけた。
アイリスの血が宙を舞う。同時に右手から足を放し、紅い剣を後ろへと蹴り飛ばした。
カランという軽い音を何度も奏でながら、紅い剣は遠くへと転がっていく。
「きさ、貴様ぁ。私の、私の顏をっ! 許さ──」
「うるさい、黙れ」
アイリスは激昂しやすいようだ。
アトライトさんとのやりとりを見て、そのことには気づいていた。
だがここまで激昂しやすいということは、そういうことなんだろうな。
怒りやすい人はいる。けれどアイリスは怒りやすいというレベルじゃなかった。
精神的に不安定なんだろう。それはアルトリアも同じだった。
考えられるのはひとつだけ。アイリスはまっとうなサキュバスじゃない。
それどころか人魔族でもないということだけ。そう、彼女は──。
「叫ぶことしかできないのか? サキュバスのアイリス。いや、ホムンクルスのアイリス」
「っ!? な、なんでそれを」
アイリスが驚愕とした顔をしていた。どうやら予想通りのようだ。
アイリスはホムンクルスだった。そしてそれは彼女の姉であるアルトリアも同じなんだろう。
もともとおかしな話だった。アルトリアは吸血鬼なのに、アイリスはサキュバス。
どう考えてもおかしい。
異腹の姉妹にしてはあまりにも似すぎている。それこそ双子と思うほどに似すぎていた。
異腹の姉妹だからと言って、似すぎていることがおかしいというわけじゃない。中にはそういう姉妹だっているだろうし。
ただ、それでも似ていると言う程度。アイリスとアルトリアほどには、髪型と種族しか差異がないなんてありえない。
仮に双子であったとしても、それぞれに種族が違うなんてのはありえない。
あったとしても両親がそれぞれ吸血鬼とサキュバスということくらいのはず。
でもアルトリアが言うには「お父様」は普通の人という話だった。
考えればわかることだった。それでも否定したかった。
それは俺の中にアルトリアをまだ想う気持ちがあったという証拠だったから。
でもそれももう終わりなのかもしれない。
「おまえらは造られた存在だ。造りだした「お父様」の言うことは絶対服従。であれば、だ。特に想ってもいなかった相手を愛することだってできるんだろう? アルトリアが俺を想う気持ちも偽物、なんだろう?」
胸が痛い。痛いけれど俺ははっきりと言いきった。




