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Act1-1 秘書に怒られました

今日から第一章が始まります。

最初の方が少々胸糞悪い内容ですので、ご注意をば。

 古代より伝わりし物語に対する考察  トゥス=ル=ストゥ


 それはひとりの青年だった。


 輝くような金色の髪に、燃えるような紅い瞳をした青年は「勇者」となり、やがて「英雄」へと至った。


「英雄」には、七人の仲間がいた。


「剣聖」、「六魔」、「闘騎」、「天災」、「軍神」、「炎帝」は「六聖者」と呼ばれ、いまもなお敬われている。


 その仲間のうち、唯一あまり語られぬ者、その名は「戦女神」と呼ばれている。


 だが、「英雄」の仲間は七人であるのに、「戦女神」を除いた六人が「六聖者」と呼ばれている。「戦女神」だけは、「六聖者」に含まれない。


 しかし「戦女神」が「英雄」を害したというわけではない。


 ただ「戦女神」だけが、「六聖者」の一員として語られぬことだけのこと。


 その理由を知る者は誰もいない。


 文献によると、「戦女神」は最後に戦列へと加わったために、「六聖者」に入れなかったというものもあれば、「戦女神」なんて者は存在しなかったとされるものもある。


 どちらにせよ、「英雄」の物語は、もう数千年も昔のことであり、長命なエルフとて生きられぬほど、長い月日。それほどの長い時間を生きる者は、「六神獣」か「七王」たちくらいだろう。


 その「六神獣」にも「七王」にも、当時のことを聞くことは叶わず。


 仮に聞けたとしても、「六神獣」たちは悲しみに暮れるだけであり、「七王」たちにとっては、親の仇たちのことを話すわけもない。


 そう、「英雄」と「六聖者」たちは、長きにわたる人族と魔族の歴史の中で、唯一「七王」打倒を為した者たちであった。


 だが「七王」を打倒した代償として、「六聖者」たちはほとんどが死に絶え、「英雄」も「七王」打倒を古き大国に伝え、息を引き取った。


 そこに現「七王」たちが現れた。親を討たれた怒りを、「七王」たちは古き大国と生き残りの「六聖者」にぶつけた。


 その結果、「英雄」の仲間たちはひとりを除き、死に絶え、古き大国は、その国土であった大陸のような島とともに滅び去った。


「英雄」の仲間たちのうちのただひとり生き残りし者は「六聖者」と「戦女神」以外に存在した者であり、決して誰も口にしようとしない忌まわしき者。人族にも魔族にも、忌避されし、その者の名は、歴史に刻まれてはいない。ただひとつの名以外は。


 その者の名は、「裏切り者の「双王」」。


「双王」の字の由来は、諸説あり、仲のいいふたりの兄弟だったとも、ひとりで強大な力をふたつ操れたからと言われているが、定かではない。


 ただひとつわかっているのは、「双王」は「英雄」たちを見捨てた、「裏切り者」であることだけ。


 なにを以て裏切ったのかもまた諸説あるが、どれも信ぴょう性に欠けている。


 事実を知る者は、「六神獣」と「七王」を除いて、やはり誰もいない。


 しかし古代の文献にひとつだけ「双王」の由来を示すものがある。


 その文献には、「双王」は「混ざり者」であったとされる。


「混ざり者」とは、人族と魔族の間に生まれし、人魔族と呼ばれる者たちの蔑称。人族でも魔族でもない。ゆえに「混ざり者」、いわゆる混血児たちだった。


 人族において、魔族とは、人族以外の種族のことを指し、エルフやドワーフも魔族とされている。そして魔族たちもみずからのことを魔族と呼んでいる。


 異世界の旅人たちにとっては、亜人と呼ばれる存在になるそうだが、この世界においては、人族以外の人型の種族はすべて魔族と呼ばれている。


 その混血児たちの扱いは、「聖大陸」と「魔大陸」ではまるで違っている。


「魔大陸」では、人魔族は虐げられ、「聖大陸」では、手厚く「保護」している。少ない食糧を分け、腹が膨れるほどの「餌」を与えている。この点から、人魔族の扱い方においては、「聖大陸」の方がより人道的であることがわかる。


 おそらくは、かの「英雄」も「双王」を手厚く「保護」していたのではないだろうか。


 だが愚かにも「双王」は、みずからの「主」たる「英雄」を裏切り、その名を永遠に貶めることになった。


 しょせん人魔族は人魔族ということなのだろう。「主」たる「英雄」に歯向かわなければ、貶めることにはならなかっただろうに。人魔族の知能が足りていない、なによりもの証拠と言える。


 おそらくは、「戦女神」も人魔族だったのではないだろうか。人魔族だからこそ、「六聖者」に入れなかったのだろう。


 だが、「戦女神」は「双王」よりかは頭が回っていたようだ。


「主」たる「英雄」を裏切らなかった。そのため、それほど語られることはないが、「英雄」の仲間のひとりとして数えられている。先見性が多少はあった、雌だったことが窺える。


 しかし人魔族に「女神」の名を与える「英雄」は、怖い者知らずだったのか。


 私であれば、そんな恐ろしいことはできない。偉大なる母神と同じ「女神」の名を、たかが人魔族程度に──。


「──胸糞わりぃ」


 読んでいた本を投げ捨てる。


 本はぬかるみの中に落ちてしまう。


 が、拾う気にはなれなかった。せっかく開放感のある場所で読んでいたというのに、その開放感が台無しだった。


「……選民思想に塗れすぎだろ、このおっさんは」


 トゥスなんとかっておっさんが書いたとされる本は、「初代英雄」についてのものだった。


 俺が知りたいことだったから、勇ちゃんに頼んで貸してもらった。


 本当は貸してもらうだけのはずだったのだけど、布教用の写本ってことで、貰った本だった。


 この世界は、地球のようにまともな印刷技術はないので、現本をみずから写本するのが一般的であり、売り出されている本も、人手を使って写本したものだった。


 そうして写本したものを、さらに写本するのも一般的に行われている。


 が、できるのはあくまでも写本までであり、その写本を売り出すことはできない。


 写本を売り出せるのは、販売した書店だけであり、それ以外の書店が販売する場合は、その書店に許可をもらわなければならない、という著作権に通じたルールがあるみたいだった。


 要は金儲けをしなければ、基本的にはなにをしたってかまわないってことなのだろう。


 写すなり、破り捨てるなり、好きにしろってことだろう。


 だから、俺も好きにさせてもらった。こんな本なんて読む価値がない。反吐が出そうになる。


 ぬかるみまみれになった写本の周りで、シリウスが駆けまわっていた。


 あのぬかるみの中にダイブしたいのだろう。


 犬って泥遊びが好きみたいだから、シリウスも泥遊びがしたいのかもしれない。


 シリウスは期待のまなざしを俺に向けている。そういう目をするなってば。


「……あんまりやりすぎないようにな」


 ため息を吐きつつ、許可を出すと、シリウスはぬかるみにダイブした。


 投げ捨てた写本は、シリウスに踏まれ、その勢いに負けて、音を立てて破けていく。


 勇ちゃんには悪いけれど、あんな本はああなって当然だった。


「あー、すっきりした」


「背もたれ」にもたれかかりながら、空を見上げると風が吹いた。


 草原を駆け抜ける風は、とても気持ちがいい。


 破れたページが風に乗り、飛んでいく。飛んでいくページを眺めていると、足音が聞こえてきた。どうやら見つかってしまったようだった。


「ギルドマスター! ようやく見つけましたよ!」


 肩を上気させて、俺を指差すのは、さっきの本の作者が、散々バカにした人魔族の子で、俺の秘書をしてもらっているアルトリアだった。


 アルトリアは、髪も肌も真っ白なのに、紅い瞳をしている。


 身体的な特徴は母さんと似通っていた。


 聞けば、人魔族の人は、髪か肌が白い人や紅い瞳をしている人が割と多いらしい。


 中にはぱっと見では、人魔族とわからないような人もいるそうだけど、人魔族というと、基本的なイメージは白い体に紅い瞳をした人たちってことらしい。


 あと加えて言えば、ほぼ間違いなく、美形ぞろいらしい。


 アルトリアもその例にもれず、美少女だった。


 年齢は俺よりもひとつ年下の十四歳。がスタイルという意味では、俺は完敗している。どういう意味なのかは、あえて言わない。ひと言だけ言うとすれば、上と装甲かな。


 とにかく、この世界の人たちが、人魔族の人をどう思っているのかは、あの本の通りだとしても、俺にとってアルトリアを含めた人魔族の人たちは、その見目も合わさって、どこか神々しく感じられていた。


 が、アルトリアに言わせてみれば、逆ってことなのだけど、いまはそんなことを言っている場合じゃないようだ。


 アルトリアのこめかみに血管が浮き出ている。浮き出たまま笑っている。うん、実に怖いね。


「言いましたよねぇ? ひとりで「討伐」しに行くなってぇ!」


 アルトリアが近づいてくる。目が怖い。なにもかもが怖い。けれどアルトリアは止まってくれない。


「ちょ、ちょっと待って! これは違う、違うんだ!」


「なぁにが違うんですか!? あなたの後ろにいるのは、「討伐」対象のオークたちじゃないですかぁ!」


 アルトリアが、「背もたれ」を、実験台になってもらったオークを指差した。


 オークは首が捻じ切られて死んでいる。それも十頭ほど。


 はい、すべて実験台になってもらいました。


 その結果、オーク程度じゃ、実験もなにもない。というかオーバーキルだってことがわかった。


 ブラックウルフと同じ、Dランクの魔物じゃ、仕方がないかもしれない。


 でも、これで実験台になってもらうのは、Cランク以上の魔物ってことがわかったし、依頼人さんたちも喜ぶ。うん、万々歳だよね。


「なぁにが、万々歳ですかぁ! こいつらを「討伐」してくれる冒険者さんがやっと見つかったんですよ!? なのに、いざ受けてもらおうとしたら、「ギルドマスターがすでに向かいました」と言われたときの私と冒険者さんたちがどんなに気まずかったのか、ギルドマスターなら少しはそういうことを考えてください!」


 アルトリアが叫ぶ。


 あー、やっぱりそのことだよね。うん、そのこと以外にないよね。


 でも、ここまで怒ることもないと思うなぁ、カレンちゃん的には。


「で、でも、俺が受けるまでは、誰も受けようとしていなかったし」


「だからって、ギルドマスターが自分で「討伐」するなんて、普通はしないでしょう!」


「……仰る通りでございます」


「わかっているなら、やるなぁぁぁ!」


 アルトリアの叫びが草原内にこだまする。


 そんななかでも、シリウスは楽しそうに泥んこ遊びだ。羨ましいぜ。


 なんだって、俺はこんなヒス一歩手前の女の子の相手をせにゃならんのだ。俺のせいだけど。


「とにかく! この補填はギルドマスターで出してくださいね! うちでは一切かかわりませんからね! モルンさんにも、ギルドマスターを甘やかさないでくださいって言っておきましたから」


「ちょ、ちょっとそれは」


「知りません。シリウスちゃん、泥んこ遊びはその辺にして、帰りますよ」


 アルトリアがしゃがみ込み、シリウスに向かって腕を広げると、シリウスはアルトリアの腕の中に飛び込んでいった。


 シリウスが纏った泥がアルトリアを汚すけれど、アルトリアは気にしていないようだった。


「ちょ、ちょっとアルトリア!? この補填を俺がというのは、さすがに」


「知りませーん。行こう、シリウスちゃん」


 腕の中のシリウスに笑い掛け、アルトリアは首都「ラース」に向かって歩き始める。


 俺は慌てて、背もたれに使っていたオークどもの死体をアイテムボックスに仕舞い込み、アルトリアの後を追いかけながら、どうにかうちのギルドでも補てんしてもらうように交渉をした。


 が、結局アルトリアは頷いてくれず、俺は泣く泣くポケットマネーから冒険者に対しての補てんをすることになってしまった。

続きは二十時になります。

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