Act8-141 宿敵との遭遇
恒例の土曜日更新です。
まずは一話目です。
「謁見の間」にたどり着いたときには、すでに戦闘はほぼ終結しているようなものだった。
アイリスはアトライトさんの攻撃を一方的に受けているようだった。その体は傷と土に塗れていた。
アルトリアと同じ白い髪が土に塗れて汚れている様は、見ていてあまり気持ちがいいものではなかった。
対してアトライトさんはまったくの無傷だ。
いくらか鎧には細かな傷が刻まれているが、アトライトさんの身には傷がない。
見たところアトライトさんが優勢ではあるけれど、実力ではアイリスが勝っている。
しかし勝負はアトライトさんが優勢だった。
「強い方が常に勝てるわけじゃない。弱い方が常に負けるわけじゃない。勝つのは常にその場を支配した方だからね」
弘明兄ちゃんが昔言っていた。教えられた当時は言われた意味を理解できなかった。
けれど一年前にそのことを実感することはできた。
思えばあれからもう一年くらい経つのか。早いもんだ。弘明兄ちゃんと本気の本気で戦ってからもう一年も経つのか。時間の流れは早いなと思う。
あのときと同じことがいま目の前で行われていた。実力差は圧倒的にあった。
けれどアトライトさんは臆することなく、果敢に攻め込んでいる。
アイリスは受けるのだけで精いっぱいになっていた。その表情は憎悪と憤怒に彩られていた。
冷静さを欠いている。いや冷静さを奪われてしまっているんだろう。
おそらくはアトライトさんがそういう風に誘導したんだと思う。
ジズ様の話を聞く限り、アトライトさんは強い人だった。特に心が強い人だ。
肉体的な強さもあるだろうけれど、それ以上に心の強さがある。
どれだけ汚名を被ってもなお誇り高くあろうとする姿勢。その強さがあった。
その強さが場を支配する要因になっていた。
その強さにアイリスは負けていた。
このままであれば、アトライトさんが攻め勝つだろう。そう思っていた。だけど──。
「待たせましたね、アトライト」
──ククルさんがまさか声を掛けてしまった。
なんでそんなことをするのか。一瞬理解できなかった。
けれどククルさんを見てわかってしまった。
手が震えていた。利き手である右手ではなく、左手がかすかに震えている。
それはアトライトさんが死闘を演じているとうこともあるだろうけれど、アトライトさんとの再会できたというのもあるんだろうね。
責めることはできない。責められるわけもない。しかしそれは場の空気を一瞬で変えてしまった悪手だった。
「……そうか、その手があった」
アイリスが楽し気に笑った。
さすがは姉妹かな。その笑顔は瞳が血の色になったときのアルトリアのそれとよく似ている。
いやあの瞳のときのアルトリア以上に禍々しいものだった。
まずいと思ったときには、アイリスの姿は一瞬で消えていた。いや、正確にはとてつもない速さで駆けだしてきた。
アトライトさんの剣が空を切る。その内側を通り越して、アイリスは俺たちの元へと向かってくる。
「私を散々こけにした報い。貴様の想い人にぶつけてやるわ!」
アイリスは笑っていた。血走った目と歪んだ微笑みを浮かべながら、まっすぐに駆け抜けて来る。
狙いが誰であるのかは考えるまでもなかった。
アトライトさんが焦った顔で「ククル」と叫んでいた。
アトライトさんもククルさんもそしてアイリスも三人だけの世界になっているかのように振る舞っている。
だが、待ってほしいね。ここにいるのは三人だけじゃないのだから。
「死ね」
アイリスが口元を歪ませながら、ククルさんへと凶刃を振るった。
なんの躊躇もなく振るわれた紅い刃を、「黒狼望」の刃でもって受けとめた。
半神半人になる前であれば、決して受けとめることはできなかっただろう。
けれどいまなら、いまの俺なら受けとめられるのだから。
「よう、初めましてだな、アイリス」
「貴様っ!」
忌々しそうな顔でアイリスが俺を睨み付けて来る。
こうして言葉を交わすのは初めてだ。
ようやく会えた。ようやく言葉を交わせた。であれば、あとは──。
「まずは自己紹介をさせてもらおうか。俺の名はカレン。カレン・ズッキー。おまえを打ち倒すものだ!」
──ただ戦うのみ。怒りと憎しみ、そしてカルディアへの想いを胸にして、怨敵であるこの女と戦うだけだった。
ついにアイリスとの戦いです。
続きは二十時になります。




