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Act8-140 一陣の風

 後味が悪い。


 だが仕方がない。いつまでも相手をしていられる余裕などない。


「清風殿」の一画から、ちょうど「謁見の間」から、禍々しい気配が立ち上っていた。


 この国に長く住まうからこそわかる感覚だった。


 なにかが起きてしまったようだ。


「あのバカ。無理をしていないだろうな?」


 考えられるのはあのバカが無理をしたことくらいだ。


 いやそれ以外には考えられない。


 無理をした結果が、大怪我ですめばいい。


 しかしもし致命的な結果になってしまったとあれば。


「……無理をするなとあれほど言っただろうに!」


 死を止めることはできない。


 すでに死の覚悟をしてしまっている相手を説得することなどできるわけがない。


 たとえあれが惚れぬいている「あの娘」の言葉であっても、あの頑固者を説き伏せることは無理だ。


「どいつもこいつも俺の言うことを聞きやがらねえな!」


 いったい誰だと思っているのか。


 この国の王が誰なのかをわかっていないのか?


 言ってやりたいことは、それこそ山のようにある。


 だが言っている暇などない。


「間に合えよ!」


 全力で駆け出すと、すぐに「清風殿」が見えた。


 同時に色とりどりの「刃」系の魔法が放たれていく。


 それも十や百ではすまない。千さえも超えて、万に達しているかもしれない無数の魔刃。


 そんなことができるのは「彼女」だけだった。


「あら、いまさら到着?」


「彼女」の背中が見えた。なにひとつ昔から変わらない美しい姿に見惚れそうになるが、そんな場合ではない。


 なにせ「彼女」の目の前は得体の知れない黒くぶよぶよとした肉塊がいた。


 その肉塊へと、「彼女」の指揮下に入った「ベルゼビュート」たちが「彼女」に続いて魔法での攻撃を仕掛けていく。


 剣を使わないあたり、物理だけではダメージを与えられないのだろう。


 それでも敵の数があまり変わらないようだ。


 彼女以外では大したダメージを与えられないのだろう。


「……百一戦目でようやく決着?」


「……あんなの不意討ちみたいなもんだ。俺もティアリカも納得していねえよ」


「……それでもしたのは、あの坊やのためね。あなたって本当に面倒見がいいよね? 「あの人」の次のお兄さんだったからかしら?」


「それはおまえも同じだろう? おまえは俺たちの中では長女だった。俺は三男坊だったから」


「そうね。懐かしい」


 ふふふと場違いに笑う「彼女」はとても美しい。


 昔から美しくあったが、いまは昔よりも美しく思える。


 だが言えるわけもない。こんな一方的な未練など言えるわけもない。


「……よく笑うようになったな。以前会ったときは笑っていたけど闇を抱えていたのに、いまは心の底からの笑顔に見える」


「だって、そんな笑顔なんて「旦那様」には見せられないもの」


 ふふふと彼女がまた笑っていた。少しだけ胸が痛む。


「「あの子」の嫁になったという話だったけど、本当だったんだな?」


「そうよ? 意外?」


「いや、おまえが誰かの嫁になるなんてって思ってな。「あの子」勇者にもほどがないか?」


「あら、ひどい」


 他の者であれば、「彼女」は怒り狂うだろうが、自分にはそうじゃない。


 特別であって特別ではない。それが自分と「彼女」の関係だった。


 偉大なふたりの兄とティアリカを含めた五人の弟妹に挟まれたのが自分と「彼女」そして、いまは亡きヴァンだった。


 三人で上と下に悩まされたものだ。


 血の繋がりなどない。


 あってもヴァンとティアリカだけだ。


 それでも自分たちは家族であり、自分達三人は真ん中の兄妹だった。


 三つ子のようなものだといつからか思っていた。……それが間違いだったと気づきもせずに。


 たとえ気づいたとしても、いまの関係にはなっていただろう。


 わかっていた。わかりきっていた。それゆえの未練。そんなものを見せたくはなかった。


「道を開けるから、助太刀に行ってほしいの。「旦那様」たちだけだと心配だし」


「言われるまでもない。あそこには手のかかる「息子」がいるんだ。「息子」みたいな存在と言う方が正しいか」


「本当に面倒見がいいね」


「おまえが言うか?」


「言うよ?」


「おまえらしいな」


 お互いに笑い合う。笑い合いながらも「彼女」は魔刃を放ち続けていた。同時に「彼女」のとっておきのひとつを詠唱していく。


 水の体の巨大な蛇が具現化していく。相変わらずだ。相変わらずに美しい。


「レア」


「うん?」


「……おめでとう。いろいろとあって言えなかった」


「ありがとう。それとごめんね」


「なんのことかわからねえけど、気にするな。俺たちは」


「ええ、ふたりだけになった三つ子だものね」


「あぁ」


 力強く頷くと同時にレアが「蛇水流」を放った。


 水の蛇は肉塊を食らっていく。その後にできた道を駆け抜けていく。


「行ってらっしゃい、「剣聖」ベルゼ。いえ、「蝿王」グラトニー」


「あぁ、行ってくるよ、「六魔」レヴィア、いや、「蛇王」エンヴィー」


 レアの声にもう一度頷いてから、レアの作った道を全力で駆け抜ける。


「この身は風。一陣の風となる」


 誓いの言葉を口にしながら、まっすくに駆け抜けた。この身は一陣の風なのだから。

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