Act8-139 「剣仙」の敗北
どうにか間に合いました。
邪魔だ。
邪魔だ。邪魔だ。
邪魔で、邪魔で仕方がない。
ああ、なんでもこうも邪魔なのだろうか?
純粋になれない。純粋な剣士になれていない。
彼の剣を避けられない。彼に剣を当てることができない。さっきまで切り結んでいたはずが、空を切ってばかりだった。
なぜ? なぜ手前の剣がこうも避けられてしまう?
いや、理由はわかっている。わかりきっている。
甘さのせいだ。もともと半端者のくせに、人のまねごとなどするからこうなる。
手前は人ではない。
魔族でもない。
ただの半端者。
その半端者が人のまねをしようとするから、余計に半端になってしまう。
苛立って仕方がない。腹が立ってしまう。みずからへの怒りを抑えられない。
そのすべてが剣を鈍らせる。
剣が鈍ってしまうからこそ、純粋ではないからこそ、こんな無様を晒すことになる。
ああ、そうだ。無様だ。最高の相手を前に、最高の剣士と死合をしているのに、こんな無様を晒すことになるなんて。
情けない。情けなくて仕方がない。
肩に力が入る。剣を握る手に必要以上の力がこもる。剣速が鈍り、空を切った。いや空しかきれなくなっていく。
目の前は最高の剣士がいるのに、いま手前はなにと戦っている?
ああ、邪魔だ。
邪魔で、邪魔で仕方がない。
どうしてこうも手前の邪魔をする? どうして手前から純粋さを失わせる? どうして手前を冷静にいさせてくれないのか?
わからない。いま目の前には彼しかいない。彼だけでいいはずなのに。どうして「あの光景」がちらついてしまうのか。
「……親であることを否定するなよ、ティアリカ」
剣を振るわれた。
上段の一撃。
前に出て威力を消す。
いくら彼であっても、剣の構造上切っ先に力が乗るのは当然。
前に出ればおのずと威力は下がる。
受けとめることはおろか、そのまま反撃に転ずることも容易い。
なによりも一端の剣士を気取るのであれば、剣士であるのであれば前へ出るべきだった。
いや、前に出てこその剣士。戦いに身を置く者にとって当然の心得だったはず。
なのに手前はとっさに下がってしまった。距離を取ろうとしてしまっていた。
なぜ下がる? なぜ前に出ずに下がる?
意味がわからない。下がる意味などないのに。
なぜ下がる? 下がる必要などないはずなのに。なぜ手前は下がった?
自分のしたことを理解できないでいると、目の前を彼の剣が通過した。
下がってもどうにか避けることはできたようだった。
手前自身がしたことについてはあとで確かめるとして、いまは反撃をするべき。
せっかく彼の一撃が空を切ったのだから、反撃をしなければならない。
いや、反撃をする好機。この機会を逃すわけには──。
「……甘い」
──手前が踏み込もうとするよりも早く彼は踏み込んだ。
剣が切り返された。振り下された切っ先が今度は下から襲い掛かってくる。
たしかに甘かった。考えれば子供でもわかったことだ。そう、子供でもわかったことを手前は想定していなかった。
なんたる無様でしょう。そもそもどうして想定しなかった?
わからない。なんだ、これは?
どうしてこうもわけのわからない動きを、手前はしているのだろうか?
いや、いまはそれよりも避けなければ。切り上げてきた以上、ここからの変化はない
あるとしても一度振り抜いてからだ。
さすがに最高の剣士である彼にとってみれば、その動きさえも超高速だろう。
しかしそれでもわずかな隙ができる。
その隙をつくためには前に出なければならない。踏み込もうとした。そのとき。
『ティアリカまま』
「あの子」の笑顔が、まぶたに焼き付いた愛おしい笑顔がよみがえった。
気づいたときには手前は下がっていた。下がるべきではない場面でまた下がってしまっていた。
結果彼の剣が届いた。
それも手前の右手首にだ。わずかにだが、右手首に彼の剣が届いてしまった。
肌には触れていない。
しかしそれは「お守り」には届いてしまった。
灰色の毛が宙を舞う。「あの子」が作ってくれた「お守り」が切り裂かれ、地面に落ちた。
「ぁ」
きれいだった灰色の毛が、泥に塗れてしまった。
まるで「あの子」との思い出まで泥に塗れさせられてしまった気分だった。
「貴様ぁっ!」
目の前が真っ赤になった。
放つべきタイミングではないのに。隙などどこにもないのに。手前は「無影」を発動させてしまった。
理性が止めようとするも、吹き荒れた怒りを抑えることはできなかった。
無数の手前が目の前にいる怨敵を穿つべく構えを取った。
六つの属性。それぞれの光を宿した剣でその一撃を放とうとした。しかし──。
「……悪いことをしたな。だが、それが勝負だ。そうだろう、「剣仙」ティアリカ」
──放とうとする寸前に彼は目の前にいた。懐に入り込まれていた。
反応するよりも早く、拳が腹部にめり込んだ。体勢が崩れてしまう。
「……これは勝負じゃない。だからこれは無効だ」
そう言った彼の手が振り下された。やけにゆっくりな動きを見つめながら、目の前は真っ暗になってしまった。




