Act8-132 王の教え
本日十九話目です。
紙一重の戦いだった。
アイリスの剣はまさに剛剣そのものだった。
「殿下」との戦いでは、「殿下」の剣よりも速く、そして正確だった。
技巧の剣だったはずなのに、いまのアイリスの剣は剛剣、いや、力任せの剣となっていた。
どんな剛剣であろうとも当たらなければ意味はない。
逆に言えば、一撃でも食らえば優位性は一瞬で奪われてしまう。
綱渡りのような戦いだった。
それでも優位には戦えていた。
すべては「陛下」からの教えがあればこそだ。
「自分よりも強いやつに勝つためには、なんでもやるといい。騙し討ちだろうと、徒党を組もうとも。なんだってしていい」
その教えは一見おかしなものだった。
卑怯なことでも勝つためならばやれ。強者である「陛下」の教えとは思えないものだった。
「そもそも「勝つ」とはなんだ? 相手を倒すことか? 相討ちになっても敵を倒せば「勝った」と言えるのか?」
問いかけられた言葉に答えることができなかった。
勝ったとしても死んでは意味がない。
であれば、「勝つ」とはどういうことなのか。
「簡単なことだ。「勝つ」ということは生き残るということだ。勝負に負けたとしても最後まで生き続けていられれば、それが勝利となる。ゆえに「死んでも勝つ」などという馬鹿げたことは禁ずる。生きることが勝利だ。なにがあっても生き残ることを優先しろ」
「陛下」の言葉は、国の王としてはどうかと思うものだった。
国の威信をかけて死ねというのであれば、まだわかる。
しかし死なずに生き残れと言われてしまった。
格上と戦って生き残ることを優先するなどできるわけがない。
だが、「陛下」は死ぬことを禁じられた。ひどく難しい命令だった。
だが命令であれば、やるしかなかった。
「まぁ、禁じたところでそれで格上に勝てるわけがないがな。勝つためには、ここを使え」
頭を指差しながら「陛下」は言われていた。つまりよく考えろということだった。
「格上、格上とはいうがな。格上だからと言って、絶対に勝てないというわけではない。むしろ勝てないと思う心こそが邪魔だ。勝てないのではない。勝つ。それだけを思え。そして考えろ。どうすれば手持ちの武器で勝つことができるのかを。どうやれば相手よりも優位になれるのか。なにをすれば相手を上回ることができるのか。それだけを考え続けろ」
わかるようでわからない教えではあった。
しかしその教えをいま実践していた。
アイリスは頭に血が上りやすい。
基本的にこちらを見下しているからこそ、下の存在にいいようにされることが我慢ならない。
であれば、怒らせればいい。
怒らせるだけ怒らせればいいだけのことだ。
その結果がいまだ。
アイリスは土に塗れて我を忘れている。
単純な攻撃しか仕掛けてこない。
動きは見えない。食らえばそれだけで死に至る一撃。
しかし当たらなければどうということはない。
逆にこちらの攻撃は大したダメージにはならなかったとしても、積み重ねればいつかは動きが鈍る。
まずはそこまで持っていけばいい。
体力との勝負にもなるが、元より分は悪い。
これしか勝ちの目が見えないのであれは、やるしかない。
そうしてアイリスの体に少しずつダメージを与え続けた。
動きが鈍る様子はない。
しかし血は際限なく上ったようだ。目に見えて大振りな一撃しか放っていない。
あとはこのまま戦えれば。そう思っていた。だが──。
「待たせましたね、アトライト」
「彼女」が来てしまった。
そばには衛兵の服を身につけた件の少女がいた。
その少女を見たとたん、アイリスの動きが変わった。
「……そうか、その手があったなぁ」
ぞくりと背筋が凍りつくような声。剣を振るうもその内側を通りすぎていく。
速い。
防御が間に合わない。そう思ったが、アイリスはなぜか攻撃してこなかった。
同時に理解した。アイリスの狙いがなんなのかを。
「私を散々こけにした報い。貴様の想い人にぶつけてやるわ!」
血走った目をしながらアイリスは「彼女」の元へとまっすぐに向かっていく。
まずい。「彼女」は右腕がうまく使えない。守らなければ。私が守らなければならない!
「ククル!」
初めて「彼女」を呼び捨てにした。「彼女」の名を叫びながら必死に走った。
が、アイリスの方が速かった。圧倒的な速さで「彼女」へと斬りかかった。
だが、その寸前で黒い刀がアイリスの剣を防いでいた。
「よう、初めましてだな、アイリス」
件の少女が、「陛下」が気に入ったと仰っていた少女が、カレンという少女がアイリスの剣を防ぎながら、不敵な笑みを浮かべていた。
続きは十九時になります。




