Act0-ex-2 「剣聖」の記憶
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「しかし、しけているよなぁ」
ベルゼが銀貨を親指で弾きながら、ため息を吐いた。
もう片方の手には、銀貨の入った小袋がある。
袋はとても小さく、銀貨が十枚ほどしか入ってはいなかった。
さきほどの商人の手持ちの金だった。
銀貨の入った小袋もまた商人の持ち物だったが、いまは赤黒く汚れている。
「あれだけ護衛を雇っているくせして、銀貨十枚しか手持ちにないとか、ありえなくねえ?」
ベルセリオスとその兄を見やる。
ベルセリオスは血まみれになったぼろきれ同然の服から着替えている最中だった。
もともと着ていた服を加工したうえに、返り血によって、服としての役目はすでに終わっているようなものだった。
幸いなことに替えの服を手に入れられたので、血まみれの服は捨てていける。
替えが手に入らなかったら、どこかの町か村かで服を手に入れなくてはならなかったので、替えの服が手に入ったのは僥倖だった。
多少の路銀は手に入ったが、心もとないのは、想定外だった。
護衛の数や、商人の身なりからして、そこそこに金を持っているだろう、とあたりをつけていたのだが、見込み違いだった。
「銀貨十枚だと、安宿でも十日かぁ。しばらくはベッドの上でのんびり眠れると思ったのにな」
ベルセが深々とため息を吐くと、ベルセリオスとその兄が呆れた顔をしている。
想定以下の金額になったのは、誰のせいだ、とふたりの顔に書いてあるように、ベルゼには思えた。
「だから、あれは、仕方がなかったんだってば」
ベルゼは唇を尖らせながら、ふたりから顔を逸らした。
ベルセリオスが迫真の演技をしてくれたため、つい本気でまずいのではないか、と思ってしまったのだ。
ベルセリオスと同い年だが、本音では彼を兄と思っているので、兄貴分のピンチに、弟分としては黙って見ていることはできなかった。
がその結果、大幅に稼ぎが少なくなってしまったのだが、こればかりは心配しすぎた自分が悪い、とベルゼ自身痛感しているので、ふたりからどんな顔をされても文句は言えない。
「……ベルゼが心配してくれたことは嬉しいけど、僕があんな連中に負けるわけがない、っていうのは君もよくわかっているだろう?」
ベルセリオスは怒っていない。ただ心配をしすぎだ、と注意してくる。
わかっているつもりだったが、どうにも体が勝手に動いてしまったのだ。
「まぁ、それくらいにしておいてやれよ、ベルセリオス。ベルゼだってわざとやったわけじゃないんだしな」
「怒っているわけじゃないよ。ただ、もうちょっと信頼してくれ、と言っているだけで」
「ベルゼはとっくの昔に俺やおまえを信頼してくれているさ。ただちょっと心配しすぎなだけだ。そればかりは、こいつの性分みたいなものだからな」
ベルセリオスの兄が、つらつらと言い募るベルセリオスを止めてくれた。
ベルセリオスは言い足りなさそうだったが、どうにか止まってくれた。
ベルセリオス自身止めどきを見失っていたのかもしれない。
どちらにせよ、よかった、とベルゼは思った。ベルセリオスは小言が多すぎるのだ。
「俺のことはいいからさ、早く着替えてくれよ」
「わかっているよ」
ベルセリオスがため息混じりに頷いた。
ベルセリオスの兄は苦笑いしながら、ベルセリオスの着替えを手伝っていた。
血を予定以上に浴びてしまって、着替えしづらくなってしまったためだ。
着替えの服は、護衛のひとりが持っていた袋の中から拝借した。
どうやら荷物持ちのような立場だったらしく、ほかにも替えの服やら靴などがあった。
その中で、一番きれいなものを選んだ。臭いがなかったので、買ったばかりのものだったようだ。
ほかの服は少し臭ったので、商人や護衛たちと一緒に捨ててきた。
あとは獣や物乞いなどが処理してくれるだろう。
それでも売れなくはないだろうが、臭いを我慢して得る対価にはならない。
ただ同然で買いたたかれるくらいであれば、いっそのこと物乞いたちにあげてしまったほうが、まだ精神衛生上ではましだ。
「化け物」たちからの施しを受ける人間、というとおかしな気もするが、もう慣れてしまった。
いままでもそうやって金を稼いできたし、これからも変わらない。
「あの商人、荒稼ぎしているみたいだったから、もうちょっと手持ちもあるかと思っていたんだが、期待外れだったな」
「狙う相手を間違えちゃったね、兄さん」
「本当にな。まぁ、代わりに店の場所を聞きだせたからいいとしようぜ。よし、これで終わりだ」
ベルセリオスを上から下へと眺めていたベルセリオスの兄が、満足そうに笑った。
その笑顔にベルセリオスもつられて笑っている。
ただその笑顔は子供らしからぬ、なんとも黒い笑顔だった。もっともそれはベルゼもまた同じだった。
「手持ちの金はなくても、店にはそれなりにあるだろうからなぁ」
「ああいう手口をしていたのであれば、それなりにはあるよねぇ」
ベルセリオスも、その兄も黒い笑みを浮かべながら、皮算用を始めている。
ベルセリオスの言う、ああいう手口というのは、孤児や物乞いなどを攫って、奴隷として売りさばくことだった。
実際この目で何度か現場を見ていたので、まず間違いない。
あの商人が奴隷商人なのかまでの確信はなかったが、少なくとも数件での犯行でそれなりの金額を得たことは間違いないし、あの数件で味をしめたというわりには手慣れていたのを踏まえると、たぶん奴隷商人か、卸すルートを持った商人ではあるのだろう。
そうして稼いだ金額はそっくりいただくことになった。
それがいくらになるかで、徒労になるのか、大儲けになるのかが決まる。
できることであれば大儲けできればいい。それも──。
「ひと月分の宿代が手に入ればいいよなぁ」
「おまえ、またそれか? 別に野宿でもいいだろうに」
「宿に泊まるよりも、野宿の方がいろいろと楽しいのに」
「仕方がないだろう? 俺少し前まではセレブだったし」
「そのセレブさまが、安宿で満足できるのか?」
「いや、できれば、その町で一番いい宿に」
「却下」
「無駄遣い」
真正面から否定されてしまった。ベルセリオスとその兄は肩を竦める。その仕草は兄弟だけあってか、とても似ていた。
そんなふたりの仕草を見て、ベルゼは要望を却下されているのに、つい笑ってしまった。
「本当、ルフェルの兄貴とベルセリオスは仲がいいよなぁ。仕草までそっくりなんて、そんな兄弟なんてそうそういねえだろうに」
「まぁな。こいつは俺が育てたもんだから、いろいろと似てしまうのも無理もないさ」
ベルセリオスの兄──ルフェルは笑いながら、ベルセリオスの頭を撫でる。
ベルセリオスはやや唇を尖らせている。
ただどこか嬉しそうでもある。そんな弟を見るルフェルの目はとても穏やかなものだった。
仲がいいと、ベルゼは思った。
「に、兄さんはさっさと弟離れした方がいいよ。僕だって、いつまでも小さい子供じゃないし」
「あー、たしかにな。なら夜中に用足しに行きたいからと言われても、無視することから始めるか」
「に、兄さん!」
ベルセリオスが顔を真っ赤にして叫ぶと、ルフェルはおかしそうに笑う。
仲のいい兄弟のやり取りを見て、ほんの少しだけ、ベルゼは寂しさを憶えた。
ルフェルのことを兄貴と言って慕ってはいるが、やはりルフェルにとって弟はベルセリオスだけなのだ、というのを突きつけられているように思えた。
ルフェルがそういうことをする人だとは思っていない。
しかし弟分よりも、実の弟を選ぶのは当然のことだった。
そんなことはベルゼ自身が一番わかっている。
だからベルセリオスとルフェルのやり取りを見ても、いつものことだと思うことにしていた。
それでもベルセリオスを羨ましく思ってしまう自分を止めることはできなかった。
「なんて顔をしているんだよ、ベルゼ」
ルフェルの声。え、と思ったときには、ルフェルの腕が肩に回されていた。
見ればベルセリオスの肩にも腕が回っている。ベルセリオスはまた唇を尖らせている。だがやはり嬉しそうだった。
「どうせ、また弟分よりも実の弟だとか思っているんだろうが、そんなの関係ねえよ。ベルセリオスもおまえも俺にとっては、大事な弟だ。それ以下には絶対にならねえ。それじゃダメなのか?」
ルフェルが笑った。その笑顔につられて笑ってしまった。ベルセリオスもまた笑っている。
「だめじゃない」
「なら、いいじゃないか。だろう?」
額を合わせて、ルフェルが言う。温かい言葉だった。
親に捨てられて、「聖大陸」に放り込まれてから、ルフェルの言葉に、どれほど救われてきただろうか。
「英雄」というのは、こういう人のことを言うのだろうと思う。
「……兄貴って、「英雄」みたいだよな」
「ないない、俺はそういうたまじゃない」
「だけど」
「だいたい、「英雄」なんて、まだ誰もなったことのない存在なんだぜ? なのに、なんで俺が「英雄」なんて言えるんだよ?」
言われてみれば、そうだった。
「勇者」は何代も続いているが、「英雄」にまで至った者は過去誰ひとりとていない。だから「英雄」みたいと言われても、ルフェルが困惑するのも無理はなかった。
だが、ベルゼにとって、「英雄」はルフェルのような人を言うのだと思えてならない。
ベルセリオスも同じ意見なのか、しきりに頷いていた。だが、当のルフェルは「英雄」になろうなんて思ってもいないようだった。
「それに、「英雄」も「勇者」も人族がなるもんだ。俺たちのような「混ざり者」がなれるもんじゃねえよ」
浮かれ気味だったところに、冷水をかけられた気分だった。
ルフェルの言う「混ざり者」は、自分たち三人の共通することだった。
人族でもなければ、魔族でもない。人魔族と呼ばれる存在。それが自分たちだった。
「父」はいままで自分が「混ざり者」であることを隠してくれていた。
だが、人前に姿を見せない「太子」を、国民たちが訝しみ始めた。
なかには「母」のことを勘付く者まで現れた。
「父」も隠し通すことはできないと思ったのだろう。
急な病で「太子」が亡くなったことを発表し、その日のうちに父の手で「国」から追放されてしまった。
「父」は許せとだけ言っていた。
いまにも泣きそうな顔で「許せ」と。それがどういう意味なのかは、わからなかった。
「国」から追い出すことなのか、こうなるとわかっていて、「母」と恋に落ちたことなのか、それとも廃嫡せずにいままで育ててきたことなのか。判断はつかなかった。
気づいたときには、「父」から授かり、使い方を学んでいた愛用の剣とともに「聖大陸」に放り込まれていた。
ひとりっきりで生きるしかない。そう思っていたときに、出会ったのが、同じ境遇のベルセリオスとルフェルの兄弟だった。
ふたりと出会って、もうどれくらい経っただろうか。
ふたりとは同じ人魔族であり、出自もほぼ同じだということで、共感を憶えていた。それに自分よりもはるかに旅慣れをしていて、いろいろと物を知っているふたりと同行するのは、悪いことではなかった。
「……まぁ、「混ざり者」でも曲がりなりに、なんとか生きていけるようにしようぜ? それにさ、いつかは国を建てればいいしな」
「国?」
「ああ、そうだ。その国では、身分も人種もなにも関係ない。誰もが他者を尊重し、誰も迫害をしない。理想の国。人族も魔族も人魔族も関係ない、この世の楽園。そんな国を俺たちで建てようぜ。そのときは、俺が王さまで、ベルセリオスは大臣、ベルゼは剣術師範かな?」
「ベルセリオスが大臣なのはいいとして、なんで俺が剣術師範なんだ?」
「だって、ベルセは、僕と兄さんよりも剣を使えるじゃないか」
ルフェルの代りに、ベルセリオスが答えた。
ルフェルは「そういうことだ」と頭を撫でてきた。もうそんな歳じゃない。
だが、ルフェルに頭を撫でられるのは嫌ではなかった。
「だから、もっと剣の腕を上げろよ? 「剣聖」」
「「剣聖」って?」
「おまえの通り名だよ。「剣聖」ベルゼ。我ながら良い名だぜ」
ルフェルは胸を張って、得意げに語る。
ルフェルはすぐに調子に乗る。それがルフェルの悪い癖だとベルゼは感じていた。
たぶん、ベルセリオスはその悪い癖を間近で何度も見てきたに違いない。
だが、それでもルフェルとベルセリオスの仲は悪くない。
むしろ自分とほぼ同じ出自で、ここまで仲のいい兄弟というのはありえない。
普通であれば、将来的に権力争いをする相手なのだから、仲がいいなんてことはそうそうありえることじゃない。だがそのありえないことが、現実に起こっている。
ルフェルの人柄があってこそなのか、それともベルセリオスが不思議と人を引き付けるような存在だからなのかは、まだ判断がつかなかった。
「ねぇねぇ、兄さん。ベルゼが「剣聖」なら、僕は?」
「あ~、ベルセリオスは、そうだなぁ。「財務大臣」でどうだ?」
「それ通り名じゃないよ! 役職だよ!」
「あははは、そのうち考えておいてやるよ」
「絶対だからね!」
「わかった、わかった」
ルフェルが笑う。ベルセリオスは、怒っているように見えるが、実際は笑っている。
「やっぱり、兄貴は「英雄」だな」
いつか世に知れ渡るだろう「英雄」ルフェルの名。
そのとき左腕の「剣聖」ベルゼとして語られたい。右腕はベルセリオスのものだ。
ここは不肖の兄貴分に譲っておくべきだろう。
だが、力という意味では、「英雄」ルフェルの誇る剣の座は、自分のものだ。
ベルセリオスにも譲る気はなかった。
「強くなりたいなぁ」
三人の中で、総合的な強さで言えば、自分は一番弱い。
ルフェルの剣となるのであれば、もっと強くならなければならない。
ベルセリオスは三人の中で一番剣を使えると言ってくれたが、ほぼ我流であるふたりに比べて、自分は「父」から剣を教わっていたのだ。「剣王」と謳われる父にだ。なのに我流のふたりよりも剣が振るえなかったら、「父」の名に泥を塗るようなものなので、当然だった。
もっともその差はほんのわずかなものでしかない。
これでは「剣聖」など名乗れるわけがない。
「剣聖」と名乗るためには、もっと強くならなければならない。あの「父」さえも超えるほどに。
「さぁて、行くか。あの商人のところから、貰えるもんはぜんぶ貰わせてもらいにな。集めていた奴隷を俺たちが奪い取って、他の奴隷商人に売り飛ばしてもいいわけだし」
にやりとルフェルが笑う。
「英雄」にそぐわない黒すぎる笑みだが、そういうところもルフェルらしい。
子供のくせして、ここまで腹黒いのもそうは──。
「どうせなら、あの人の商会ごと奪っちゃわない? トップが僕らに入れ替わるだけで、いままで通りに下の人には動いてもらえばいいもの。子供が奴隷商人なんて誰も思わないだろうからね。それっぽい人を代役として立ててしまえば、僕らは手を汚すことなく、半永久的にお金儲けできるもの。言うことを聞かない人は、シュパーン、ゴロゴロしちゃえばいいし」
訂正。この弟は兄をも超えた腹黒だった。
さすがは「財務大臣」ベルセリオス。知略という意味では、自分なんかではとうてい太刀打ちできそうにない。
ルフェルもベルセリオスの言葉に、少し引き気味であるようだったが、貨幣獲得手段としては、悪くないと思っているようだった。
「そうだな。一考の余地ありだ。さすがだぜ、「財務大臣」」
「それやめてよ! 僕もカッコいい通り名が欲しいよ!」
ベルセリオスがルフェルに掴みかかる。ルフェルは笑いながら謝っていた。
本当に仲がいい。できることなら、ずっとこのふたりと一緒にいたい。
ルフェルのふたりめの弟として、ずっとそばにいたい。
ベルゼは心の底からそう願っていた。
「陛下」
声が聞こえた。見れば、「団長」が立っている。どうやら眠ってしまっていたようだった。
「あー、すまん、すまん。寝ていたか」
あくびを掻きながら、背筋を伸ばす。
全身が凝っているようで、伸ばすたびに嫌な音がしていた。
やはり書類仕事は苦手だ。何千年経とうと、そればかりは変わらない。
庭先で剣を振っている方が自分には合っている。が、そう言うわけにもいかない。
「お疲れのようですが」
「いや、気にするな。報告の途中だったよな? えっと出生率に関することだったか?」
「その件に関しては、様子を見るとのことで、話は済んでおります。残る報告は、「ジズ様」からお呼びがかかっているということだけです」
「うん? 「ジズ様」から?」
「はい。なんでも、お話したいことがあるとのことでしたが」
「それ、普通最初に報告するもんじゃねえか?」
「私もそう思ったのですが、「ジズ様」が仰るにいは、陛下の小耳にはさむ程度の話だから、後回しでいいとのことでしたので」
「……そうか。まぁ、あの方らしいことだ。わかった。誰か「清風殿」までの伴を」
「第一分隊がすでに」
「そんなにはいらん。おまえが来い、「団長」」
「私だけでよろしいのですか?」
「ああ。そもそもだ、最強の俺様に、誰がどうやって危害を加えるというんだ?」
「左様でしたね。では、伴は私が」
「ああ、頼む」
「畏まりました」
「団長」はそう言って、執務室を出ていく。
「懐かしい夢を見たもんだぜ」
ベルセリオス、ルフェル。大事な兄弟たち。
でももうふたりはいない。自分だけしかいない。
「さぁて、仕事と行きますか」
机に立てかけていた愛剣を手に、執務室を後にした。
夢の時間はもうとっくの昔に終わってしまっているのだから。懐かしい夢からは、醒めなければならないのだから。
「「蠅王」さま見参ってね」
「蠅王」グラトニーは、歩きなれた廊下を、ゆっくりと歩いて行った。
特別編はこれにて終了です。
基本的に特別編=真相となる予定です。
次回より第一章が始まります。
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