Act8-128 血塗られし刃
本日十五話目です。
ティアリカを置いて先に行く。
あまり気乗りしなかったことではあったけれど、レアもククルさんも止まることなく駆けて行くので、俺も駆けるしかなかった。
せめて声のひとつくらいは掛けてあげればよかったのかもしれない。
声を掛けたところで、あの状態のティアリカに俺の声が届いたのかどうかはわからなかったけれども。
「本当に「旦那様」はお優しいですね」
先頭を行くレアがため息混じりに言う。
あまり褒められていないような気がするけれど、レアはさして気にすることなく続けた。
「……少なくともあの状態のティアリカに声を掛けたところで届くことはありませんでしたよ」
「なんで?」
「あの状態のティアリカは、「剣仙」ではないからですよ」
「「剣仙」じゃない?」
言われた意味がよくわからなかった。
ティアリカは「剣仙」と謳われた凄腕の剣士だ。
なのに「剣仙」じゃないなんて、どういうことだ? 「剣仙」以外になにか呼び名でもあるというのかな?
「あの状態のあの子は、「血刃」です。わかりやすく言えば、「血塗られし刃」ですかね?」
「「血塗られし刃」?」
なんだか聞いたことがあるような気がするぞ? どこでだったかな?
「……そうだったのですか。あの方が「血塗られし刃」ですか」
ククルさんはその名前が何なのかを憶えていたみたいだ。
俺もどこかで聞いた憶えがあるんだけど、どこでだろうか?
「小娘ちゃん。あなたそれでもギルドマスターですか? お尋ね者の、それも史上最高額のお尋ね者のことをなんで忘れているのですか?」
「史上最高額、って、まさかSランクの賞金首の?」
ククルさんは頷いていた。レアはなにも言わないが、否定もしていなかった。
そうか、「血塗られし刃」って史上最悪の賞金首がいたな。
その額星金貨五十枚という大金だった。
でもわかっているのは「血塗られし刃」という異名と女性だということくらいで、ほかにはなにもわかっていない。
だからか賞金首狩りをメインにしている冒険者にとっては、実在しない架空の賞金首という扱いになっていた。
いや、冒険者だけではなく、ギルド側にとっても手配はしているけれど実在しない存在だと思われている。
むしろそういう架空の存在を作り上げて、言うことを聞かない子供を怖がらせるためのものなんだと思われている。
「言うことを聞かない悪い子は、「血塗られし刃」に攫われてしまうぞ」って具合にだ。
……怖がらせるためだけにしては、物騒すぎる名前ではあるけれど、それくらい物騒な方が箔は付くからね。
でもその架空の存在がまさかティアリカのことだったなんて。
「あの状態のあの子は、我を忘れていますからね。もともとはお兄さんを喪ったことの悲憤から来るものだったんです。でもいつからかあの子は血を求め始めました。正確には命のやり取りを求め始めたのですよ。そしてそれは強きものを殺し続けるものでした。あの子を殺すことができる剣士は誰もいなかったのです。その結果が「血塗られし刃」という伝説の賞金首です」
「あの、ティアリカが」
あのうぶで、穏やかなティアリカにそんな過去があったのか。
「思うことがあるのでしたら、いつかあの子を救ってあげてください」
「……できるかな?」
「一度は救ってあげたではないですか。なら次だってできますよ」
レアは笑っていた。
たしかに俺はティアリカを一度救ったんだ。
ならもう一度救うことだってできるのかもしれない。
いや救わなきゃいけない。それがいつになるのかはわからないけれど。
「おふたりとも、見えてきましたよ」
ククルさんの声に顔を上げると、「清風殿」のある「世界樹」の麓が見えてきた。
本当に最短ルートだったんだな。まるで時間がかかっていないもの。
「あそこにアトライトさんが」
「ええ。殺してあげないといけないですね。ふふふ」
ククルさんが笑う。けれどその目には光はなかった。光を失くして笑うククルさんを見つめながら、「世界樹」の麓へとまっすぐに向かっていった。
続きは十五時になります。




