Act8-126 ティアリカの豹変
本日十三話目です。
鬨がどこからともなく聞こえてくる。
どこの部隊もすでに開戦しているようだ。
「順調に戦いが起こっていますね」
「清風殿」へとまっすぐに駆け抜けながら、隣にいるククルさんを見やる。
ククルさんはまっすぐに正面を眺めながら、「そうですね」と頷いた。
「陛下方にお任せできるとあれば、憂いなく誅滅できるというもの。まったく運がいいですね」
ふふふと妖しく笑うククルさん。無理をしているようには見えない。ただ笑っている。でもそれが本心からのものでもないことはわかっている。
時間があれば、気持ちを吐き出させるところだけど、すでにどこも開戦している現状でそんな余裕はない。
「しかし、このような道があるとは。初めて知りましたよ」
最高戦力のひとりであり、最後まで俺とククルさんと一緒に向かって走る予定であるティアリカが驚いた顔をしている。
いま俺たちが走っている道は以前のルートでもなければ、通常のルートでもない。
「鎮守の森」の内部さえも自由にできるジズ様でさえ、唯一手をつけられない一角であり、本当の意味での最短ルートだ。
母神を、うちの母さんを迎えるためだけの道。その道を俺たちは進んでいる。
「本当は通らせちゃいけないんだけど、妹ちゃんがいれば大丈夫だと思うよ?」
ジズ様からも太鼓判をいただいていた。うちの母さんであれば、たしかに問題はないと言いそうだったので、思う存分に使わせて貰っていた。
おかげでほかの部隊やうちの本隊は開戦しているだろうけど、俺たちは余計な戦闘を挟むことなく突き進むことができていた。
うちの部隊は大多数が持ち場である正面の入口の警護をしている。
正確には正面から逃げ出そうとしている連中を討つのが目的だった。
殲滅担当なのはベルフェさんとマモンさんだ。
特攻隊としてプライドさんが暴れ、全体の指揮はデウスさんが担当してくれている。
ただの不穏分子だけであれば、衛兵さんたちでも十分なのだけど、あの黒騎士たちがいるかもしれないのであれば、衛兵さんたちだけでは不安が残る。
だからこそ後詰めとして、うちの小隊の最高戦力のうちの半分以上を残してある。
俺たちと一緒なのは、レアとティアリカだけだけど、これ以上となく安心できる布陣だった。
あとは想定外のことが起きなければなんの問題もなく、突き進むことができる。そう思っていたのだけど──。
「……やはりこの道で来たか」
──待ち構えていたかのように、仮面をつけた騎士が現れた。
あの黒騎士たちとは装備が違っている。
鎧も意匠が異なるし、なによりも剣が違う。
黒騎士たちの剣は幅広のブロードソードなのに、目の前の騎士は長めの刀を手にしている。
そしてなによりも強さが違っている。黒騎士たちはいまの俺ならどうとでもできる。
けれど目の前の騎士はあまりにも強すぎる。
捨て身になって斬りかかっても保っても五合かそこら、下手したら一合も保たずに切り捨てられかねない。
まるで弘明兄ちゃんが目の前に立っているようにさえ感じられる。
「そこの「混ざり者」であれば、通してやろう。我が主が望んで──」
騎士がククルさんを刀で指した、そのとき。
「「混ざり者」ですか。実にあなたらしくない物言いでございますね?」
高い金属音が鳴り響いた。
ティアリカが騎士に斬りかかっていた。
ミドガルズさんの刀身と騎士の刀がつばぜり合いをしていた。
いつの間にティアリカは移動したんだろうか?
気づいたときにはつばぜり合いが行われていた。
普段からティアリカは素早く動くけれど、いまの動きはまるで閃光のようだった。
そんなティアリカの一撃を騎士はいなし、つばぜり合いに持ち込んでいる。
思っていた以上に騎士は強かった。
「「剣仙」ティアリカか」
「そのような初めて会ったような口調をされるのは寂しいですね?」
「さて、なんのことやら?」
「あら、強情ですね?」
軽口を叩きながらもふたりのやり取りは異常だった。
肘から先がまるで見えず、音が遅れて聞こえていた。
空気、いや空間ごと相手を切り捨てようとしているかのような、なんの手加減もない本気の一撃をふたりはそれぞれに放っていた。
にも関わらず、軽口を叩き遇えるような余裕がある。まだ本気にもなっていないんだろう。
その証拠にお互いに致命傷を負っていない。
お互いの服と鎧には細かな傷が刻まれているのに、血一滴さえ流れていない。
それはどう考えても異常だった。
なによりも異常なのは、ティアリカの表情だった。
「あぁ。いい。いいですね。やはり死合とはこうではなくてはなりません! 一瞬でも気を抜けば首が落ちる、このやり取り。この緊張感! ああ。あぁ! これです! こうでなくてはなりません!」
ティアリカは笑っていた。目を血走らせながら笑っていた。
俺の知っているティアリカじゃなかった。俺の知らないティアリカがそこには存在していた。
「……行きましょう。「旦那様」」
「え、でも」
「ああなったら、もう止まりませんから。あの子もいまの姿をあなたに見られたくはないでしょうし」
「でもどうやって?」
ふたりの斬り合いは常軌を逸していた。
間合いに入ればそれだけで切り捨てられかねない。
「こうすればいいんですよ」
レアは俺とククルさんを両脇に抱えると、地面を蹴った。
ふたりの上空を通って離れた場所にと着地していた。
「行きましょう」
そう言ってレアが走る。ククルさんもなにか言いたげだったが走っていた。
後ろ髪が引かれる思いだけど、俺はティアリカを置いて先へと向かったんだ。
続きは十三時になります。




