Act8-125 作戦開始
本日十二話目になります。
エルディード卿に連れられて、俺は「ベルル」の部隊から少し離れてしまった。
エルディード卿はなにも言わない。なにも言わないまま、当てもなく歩いているかのようだった。
正直なにをしたいのかはわからなかったけれど、ククルさんのおじいさんになにかをされるとは思っていなかったので、警戒することなくその後を追いかけていった。
「ふむ。このあたりでよいか」
不意にエルディード卿は立ち止まった。
そこは「鎮守の森」を見渡せる丘の上で、「ベルル」の部隊からもだいぶ離れていた。
どうあっても声が聞こえない距離だった。
「このような場所でなにを?」
「まずはご足労いただけたことへの感謝を」
エルディード卿は静かに頭を下げた。
「蠅の王国」でも有数の貴族である人に頭を下げられてしまった。
なんて言っていいのかわからず、恐縮です、とだけ返すので精いっぱいだった。
「ここまでお連れ致したのは、ほかでもないククルのことです」
「ククルさんのことですか?」
「ええ。ご亭主殿はあれとアトライトの関係をご存知でしょうか?」
「……一応は聞いております。幼なじみであり、憎からず想われているということくらいですが」
「なるほど。ククルは相変わらず素直ではないようですな」
エルディード卿が苦笑いしていた。
その反応からしてククルさんが素直ではないのは昔からのようだ。
ということは、そういうことなのかな?
「……一方的に想われていたというわけではない、と?」
「少なくとも私の目から見れば、ですな。本当のところはあれにしかわかりますまい」
「そう、ですね」
たしかに傍から見れば、ということはあれども、本人の想いが見た通りなのかは本人にしかわからない。
そう見せているだけなのかもしれないし、まったく別物なのかもしれないし。
そればかりは本人だけにしかわからないものだった。
「そんなアトライトを殺す。アトライトも酷な決断をさせたものです。私からしてみれば、ふたりともまだ若いというのに。なぜ命を無駄に散らせるような決断をしてしまうのか」
「エルディード卿は、今回の戦のことを」
「ええ、すべて知っております。アトライト本人からも話を聞いております。説得はしたつもりだったのですが、聞いてはもらえませんでした」
エルディード卿が悲しそうに表情を曇らせる。
エルディード卿にとってみれば、アトライトさんも孫のような存在なのかもしれない。
だからこそ説得をしようとしたのだろうけれど、アトライトさんの決意を変えることはできなかったようだ。
「……エルディード卿にできないのであれば、私など論外かと思いますが?」
「おや、なんのことで?」
「ごまかされなくてもよろしいですよ。こんなところまで連れて来られたのは、私にアトライトさんを止めさせるためではないですか? 身内の言葉でも届かない。しかし外部の人間が予想外の行動を取れば、決意を変えるきっかけになるかもしれない。そう思われたのでは?」
言われるまでもなく、引っ掻き回すつもりではあるけれど、許しを得てやらせてもらえるのであれば、憂いはなくなる。
だからエルディード卿の了承が欲しかった。そしてそれはエルディード卿もまた同じだった。
「……孫娘の泣く顏など見たくないのですよ」
「孫娘はまだいませんが、娘ならいます。お気持ちはよくわかります」
「では?」
「お引き受けしましょう。もともとそうするつもりでした。私にできることは引っ掻き回すことくらいですが、よろしいでしょうか?」
「ええ。構いません。なにかしらのきっかけとなれば」
「承知いたしました」
「よろしくお願いいたします」
エルディード卿は静かに頭を下げてくれた。
そうして俺はエルディード卿からの許可を得て、そこでエルディード卿とは別れた。
まだやることがあるということだった。
ククルさんにはよろしくと言伝を預かった。
そうして部隊に戻ると、衛兵さんたちのやる気はうなぎ上りになっていた。
エルディード卿は俺が思った以上に「蠅の王国」での地位は高かったみたいだ。
一種の伝説のような存在だと後でククルさんに教えてもらった。
そんな伝説の存在の孫娘が自分たちの総大将だった。
そんな事実を知れば士気なんてあっと言う間に上がってしまった。
おかげでククルさんが開戦前だというのに、衛兵さんたちを落ち着かせなければならないという状況になってしまったけれど、結果オーライかもしれない。
「では、行きます。作戦開始!」
ククルさんの合図とともに衛兵さんたちが鬨をあげた。こうして戦は始まったんだ。
続きは十二時になります。




