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Act8-123 祖父と孫娘

 本日十話目です。

「……日が中天となりましたね。皆さん、作戦通りにお願いします。決して逸ることなく、そして怒りに身を任せることなく、冷静かつ確実に任務の遂行をお願いします」


 ククルさんの声が響く。


 戦いの前にこうして総大将が声をかけるのは悪いことじゃない。士気をあげるためにはむしろ重要だった。


 ただ今回は士気をあげるためではなく、血気を逸らせないためのもの。兵を落ち着かせるためのものだった。


 なんでわざわざそんなことをしているのかは、数時間前、ちょうど「鎮守の森」に着いた頃のことだ。


「貴様が「ベルル」の街の名代か?」


「鎮守の森」にたどり着き、まずはこの戦いの総指揮官となる領主さんのところへとククルさんが行こうとしたんだ。


 でも急にどこからともなく妙なおっさんが現れたんだ。


 エルフなのにお腹が出ているし、美形でもない。頭なんてはげていた。


 一言で言えば、ちょっと清潔感が欠けた中年のおっさんだった。


 ただ着ている服はむだに豪華で、所々に金やら宝石やらが散りばめられた赤い服を身に付けていた。


 そんなおっさんが供回りの騎兵を連れてなぜか「ベルル」の部隊に近づいてきた。


「テンプレっぽいなぁ」


「……ですね」


 おっさんの様子からしてこういう状況におけるテンプレだと思えた。


 要はうちの部隊に対して気に食わないことがあるから、直談判しに来たってところ。そしてそれは当たっていた。


「貴様に物申しに来た!」


 ふんと鼻を鳴らしながらおっさんが言い募ったのは、あまりにも選民思想が強すぎてほとんど聞き流してしまうようなことだった。


 大雑把に言えば、純血のエルフたる自分の部隊に中央を任せろというものだった。


 ハーフフッドとの「混ざり者」に中央を任せることなどできないとも言っていたね。


 途中からは自分の家柄自慢になっていたなぁ。


 三代前の「蝿王」陛下からの延臣の一族だとか、先々代の頃には大臣を任せられ、先代の頃には将軍を任せられていたとか。そのほかにもやけに家名自慢をし続けていた。


 ククルさんは聞いているように見せかけて、聞き流していた。


 というか飽きて俺に念話で話しかけていたもの。


『──殿には鬼王陛下と翼王陛下がいいと思うんですが、小娘ちゃんはどう思いますか?』


『いいと思います。ベルフェさんは大軍に特化していますから、中央最前線に構えているだけで、瞬く間に殲滅してくれるでしょうし、その護衛にマモンさんがいてくれれば憂いはなくなります』


『では次は獅子王陛下と狼王陛下ですかね?』


『そうですね。プライドさんが中央にいてくだされば、ぐっと厚みが増します。場合によっては指揮をしてくれるでしょうし』


『いえ、指揮に関しては狼王陛下でしょう。あの方は軍の指揮に関しては右に出るものはいないと豪語されておりますし』


『となるとプライドさんが自由にできますね。あの人は思う存分に暴れてもらうのがいいかもしれませんね』


『そうですね。次に──』


 という具合に俺とククルさんは戦に関しての話し合いを進めていた。


 その間もおっさんはぐだぐだと言い募っていたが、そんなおっさんを止めてくれたのが、この戦における総指揮官に任命されていたおじいさん領主だった。


 髪もひげも真っ白なおじいさんだけど、背筋はぴんと伸びていた。


 目元は鋭いけれど、穏やかな光を宿していた。


 見ただけで強いというのがよくわかった。


 そんなおじいさん領主さんにおっさんは狼狽えていた。


「エルヴィス卿、騒がしいが何事かね?」


「え、エルディード様。な、なぜこちらに」


 おっさんの態度は激変していた。


 その理由は総指揮官さんであるおじいさん領主ことエルディード卿にあった。


 好好爺然としたおじいさんだっけど、その正体は「蝿の王国」でもわずかにしかいないとされるハイエルフであり、家柄はぐだぐだと抜かすおっさんよりもはるかに昔から、初代「蝿王」陛下からの部下。生え抜き中の生え抜きとも言える人だった。


 そんなエルディード卿の登場におっさんはたじろいた。


 そしてククルさんもまた俺との念話をやめて、丁寧に一礼していた。


「お久しゅうございます、エルディード卿。「ベルル」の街の領主クルスの名代として馳せ参じました。娘のクルルでございます」


「おぉ、クルルか。数十年ぶりだの。ずいぶんと大人びたものだ」


 エルディード卿は表情を緩ませていた。


 ククルさんも畏まっているけれど、エルディード卿を見る目はとても穏やかだった。


 まるで親しい相手と接しているみたいだ。


 それはエルディード卿も同じだ。


 いや同じというか、ククルさんを見る目はとても見覚えがある。


 正確にはそういう目をしている人を何人も知っていると言うか。そうまるで──。


「はい。エルディード卿もお元気でなにより」


「ほほほ、もう少し砕けても構わんぞ。わしとそなたの仲であろう」


「と言われましても」


「気にしなくてもよいぞ。かわいい孫娘と久しぶりに会えたのだ。昔のように接しておくれ」


「……もう、お爺様は本当にお変わりないですね」


「それでよい、それでよい。子供の頃のように「おじいちゃん」でもよいがの」


「私もいい大人ですからね。さすがにその呼び方は」


「そうか。残念じゃのう。まぁ、お爺様と久しぶりに言ってもらえただけでもよしとしようか」


 エルディード卿は笑っていた。


 ククルさんも苦笑いしていた。


 ただおっさんだけは固まっていた。


 やり取りからして仲がよさそうだとは思っていたけれど、まさか本当にククルさんのお爺さんだったとは。


 サラ様たちがシリウスを見るのと似たような目をされているから、もしかしたらとは思っていたけれど、まさか本当におじいさんだったとは。


 正直驚いたよ。でも一番驚いたのは──。


「ま、ま、孫娘? そ、そちらのまざ──」


「まざ? まざ、なんじゃ? もしやわしのかわいい孫娘を「混ざり者」だと抜かすつもりではあるまいな? そもそも「混ざり者」だろうとなんだろうと、子が宝であると陛下が仰ったことを忘れたのか、エルヴィス卿よ?」


「め、滅相もございません! わ、私はただ」


「ただ? ただ、なんだ? 言うてみよ」


 エルディード卿は鋭い目つきでおっさんを睨み付けていた。


 おっさんの供回りたちはがくがくと体を震わせていた。


 その後、おっさんはエルディード卿の眼力に負けて「申し訳ありませんでした」と土下座をしていた。


 おっさんを負かした眼力は、ククルさんのそれとよく似ていた。


 ああ、本当におじいさんなんだなぁと俺が思ったのは言うまでもない。

 続きは十時になります。

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