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Act0-ex‐1 とある奴隷商人の失敗

今日と明日は特別編です。


 ひとりの少年がいた。


 その少年は、長く美しい金髪の持ち主だった。その見目もまた同様に、少女と見間違うほどに美しく、さらに宝石のような赤い瞳がより少年の美しさを引き立てている。


 しかしその美貌も台無しだった。少年はぼろきれのような服を身にまとっていた。服だけではなく、頬がこけ、体もやせ細っていた。近寄ると、ひどい臭いがする。ただ髪だけが、不釣り合いなほどに美しい。


 そんな少年が、少年同様にやせ細った大地を、肩を上気させながら歩いていた。


 その足取りはひどく重い。


 だが少年は立ち止まることなく、歩いている。まるで立ち止まるのを恐れているかのようだ。そんな少年の前を、数人の男たちが立ち塞がった。


「ようやく見つけたぞ、「化け物」め」


 にやり、と男たちのひとりが笑う。


 その笑顔に少年が引きつった声をあげた。慌てて来た道を戻ろうとしたが、道の脇から数人の男たちが現れ、やはり少年の行き先を塞いでしまう。


 全員が声をかけてきた男同様に笑っている。ひどく卑しい笑みであり、恐ろしい表情でもある。


 少年はその場にうずくまるようにして座り込んだ。そんな少年に向かって、十人足らずの男たちは、ゆっくりと近寄って行き、最初に声をかけた男が、少年を真正面から蹴る。少年が地面に倒れ伏した。


 そこに男たちのひとりが、少年の脚に細剣を突き刺し、ゆっくりと剣を回転させ、脚の肉を抉っていく。


 少年はあまりの痛みに、脂汗を掻きながら、声をあげる。


 しかし男たちは誰もが、卑しい笑みを浮かべながら、仲間の行いを止めようとしない。


 やがて、半円ほどに肉を抉ると、何事もなかったかのように剣を引き抜いた。


 剣の先端は、少年の脚の肉を抉ったために付着した赤黒い血で覆われてしまっている。


 剣を一振りし、付着した血を払った。少年は抉られた脚を押さていた。喘ぎながら、美貌を涙でくしゃくしゃにしていた。


 だが男たちはなにも言わない。にやにや、と笑いながら、少年を見下ろしている。


 いや細剣で抉った少年の脚を見つめている。すると致命的だった脚の傷が、見る見るうちに塞がっていった。


 男たちが回復魔法をかけたわけではない。かと言って少年が回復魔法を、しかも抉られた脚を元通りにするほどの上位の回復魔法など使えるわけもなかった。


 だが脚が回復したことは事実だった。それが意味するのは、ひとつだけだった。


「やっぱりか、おまえは「化け物」だったようだな」


 にやり、と最初に声をかけた男が笑った。


 最初に声をかけた男はほかの男たちに比べて、身なりのいい恰好をしている。


 貴族ではないようだが、おそらくは裕福な商人というところか。


 商人は、ほかの男たちに向かって、顎を突き出すようにした。


 左右に立っていたふたりの男が、小さく返事をし、少年を引きずり起こした。商人は、少年の顔をまじまじと見つめる。


「やはり「化け物」どもはみんなかわいい顔をしているな。くくく、好き者の貴族にいい値段で売れそうだな。なにせ痛めつけても、すぐに傷が塞がるのだ。嗜虐趣味の者でも、喜んで買うだろう。ただもうひとつ確かめることがあるがな」


 男がゆっくりと右手を挙げた。別の男が背負っていた大剣を引き抜いた。少年が怯えた目をする。だが商人は嗜虐的な笑みを浮かべるだけだった。


「手脚が欠損しても、元通りになるかの確認だ。やれ」


 挙げていた右手を下す。同時に大剣の男が、得物を高々に振り上げ、なんのためらいもなく振り下ろした。そのとき。


「俺の弟をいじめるな!」


 白みがかかった金髪に紅い瞳をした少年が二本の剣を携えて、振り下ろされた両大剣を受けとめた。


「兄さん」


 少年が、二本の剣の携えた正面を見て、嬉しそうに笑う。二本の剣を携えた少年は、穏やかな笑みを浮かべて、少年を見やる。


「あまり遠くに行くなよ、って言っただろう? まったくおまえは本当に世話の焼ける奴だよ」


 少年の兄は、肩を竦める。少年は、ごめんなさい、と謝った。


 ふたりのやりとりは少し場違いだった。まるでここが安全な場所だと言っているかのようだ。


 安全な場所であるわけがないのに。少年とその兄はまだ何人もの男たちに囲まれている。なのにふたりとも、もう安全だと言わんばかりに、緊張感のかけらもない表情を浮かべている。


 そんな場違いなやりとりをするふたりに、商人は、呆気に取られていたが、すぐににやりと笑みを浮かべた。


 見れば、少年の兄もまた、かなりの美少年である。


 見目はやや違うようだが、そんなことはどうでもいい。大事なのは、少年の兄もまた、いい値段がつきそうだということだ。


「くくく、「化け物」につられて、また一匹「化け物」が来たか。いいぞ、おまえらふたり揃って、売り飛ばしてやろう。いい値がつきそうだ」


 商人は、喉の奥を鳴らすようにして笑いながら、大剣の男を見やった。


「いつまで遊んでいる! さっさとその化け物共を料理してしまえ!」


 商人が叫ぶ。両大剣の男が頷き、少年の兄に受け止められた大剣を勢いよく振り上げた。そして渾身の力を込めて、大剣を振り下ろそうとした。


「バーカ。遅いんだよ」


 男の背後から、少年とも少年の兄とも違う声が聞こえた。


 男の胸元から一本の剣が飛び出してきた。男の体が硬直し、大剣を振り上げた態勢のまま、男は倒れ込んだ。目を大きく見開いたまま、男はもう動かなくなってしまう。


「なんだ、早かったじゃないか、ベルゼ」


 少年の兄が双剣を下しながら言った。


 ベルゼと呼ばれたのは、少年と同い年くらいの銀髪黒目の少年だった。


 その手にはなにもない。背中に黒い鞘に納められた剣を背負っていた。その剣とは別に腰には、中身のない鞘があった。


 鞘の色は背中の剣とは違い、白木で作られているようだった。その鞘と同じ白木で拵えられた柄のある剣が倒れた男の背中に突き刺さっていた。


 突き刺さった──胸元から飛び出した剣を、ベルゼは何事もなく引き抜いた。


 その剣は反りが入った、やや長めの剣であった。その剣に付着した男の血を振り払い、ベルゼと呼ばれた少年は、剣を肩に担いだ。


「そりゃあそうだろうよ、兄貴。なにせ、俺と兄貴の弟が」


「僕の方が兄さんだって言っているだろう!?」


「はぁ~? なんですかぁ? 聞こえませんねぇ~?」


 ベルゼが、少年に向かって、耳をそば立てる。


 あからさまにバカにしているよう口調でだ。


 少年が涙目になって、ベルゼを見やる。しかしベルはまるで気にしていない。


 少年は悔しそうに唸りながら、ベルゼを睨み付けた。それでもベルゼはまるで気にしていない。そんなふたりに向かって、ふたりから兄と呼ばれた少年は、大きなため息を吐いた。


「おまえら、仲がいいのはいいけどよ、もう少し緊張感を持てよ。まだ安全になったわけじゃないんだからな」


 それまでの行いを完全に棚に上げて、兄が言った。商人は、おまえが言うな、と言わんばかりの顔をしながら、自分たちを完全になめている少年三人を睨み付けていた。


「き、貴様ら! 不意打ちで私の護衛をひとり殺した程度で粋がるなよ! そっちの銀髪のおまえも「化け物」だろう!? 三匹まとめて、売り飛ばしてやる! だが私の護衛を殺した罪を償わせてからだがな」


 商人が高笑いをした。護衛ひとりを殺されてしまったのは手痛いが、先のふたり同様にいい値段で売れそうなのが現れてくれたのだ。


 先のふたりだけを売り飛ばしても、新しい護衛を雇う代金と差し引いても、お釣りがくるくらいなのに、もうひとり新たに現れてくれたのだ。


 お釣りどころか、ここ最近の赤字分が一気に黒字になるだろう。


 舌なめずりをしながら、商人が再び右手を挙げる。それまで事の成り行きを見守っていたほかの男たち、商人の護衛たちがそれぞれの得物を取り出し、構え始める。


「あー、悪いけれど、もう終わっているぜ?」


 ベルゼがにやりと笑った。


 すると護衛たちの装備が音を立てて、壊れていく。


 なにがあったのか、商人も護衛たちもわからなかった。


 しかし少年と兄はわかっているようだ。いや少年も兄もどこか不満げな顔をしている。


「おい、ベルゼ。装備は壊すな、と言っておいただろう? 壊れた装備なんて、誰も買い取ってくれないんだから」


「そうだよ。血なら洗い落とせばいいけれど、壊したら直す手間があるし、その手間賃を含めたら赤字になる。これじゃあ、僕が怪我をした意味がないだろう」


 少年も兄もベルゼを責めはじめる。ベルゼは頭を掻きながら、申し訳なさそうな顔をしていた。


「いやぁ、悪い悪い。ベルセリオスがあまりにも迫真の演技をしてくれていたもんだから、つい本気でやばいんじゃないか、って思ったら、な」


「あのなぁ、ベルセリオスがこんな雑魚の攻撃で死ぬわけがないだろう。ベルセリオスを殺すのはおまえでも難しいんだぜ? こんな有象無象どもの攻撃をいくら受けたって、大したダメージも喰らわないんだから」


「それもそうか。悪いな、ベルセリオス」


「本当にベルゼは仕方がないなぁ。兄さんが何度も説明してくれていたっていうのに」


「だから悪い、って言っただろう? それにさ、装備がダメでも、その商人のおっさんから金を奪い取ればいいだけの話じゃんか」


「その金と護衛たちの装備を売り飛ばした代金をいただくっていう寸法だったのに、半分しか目的達成できなくなったじゃないか」


「それを言われると、俺も言い返しようがなくなるんだけど」


「知らないよ」


 肩を竦めながら、少年──ベルセリオスが言う。


 ベルゼは頭の後ろを掻きながら、申し訳なさそうな顔をしている。


 そんなふたりを眺めながら、ベルセリオスの兄が喉の奥を鳴らして笑った。ベルセリオスの兄は、ふたりを止める気はないようだった。


「き、貴様ら。さっきからなにを言っている!?」


 商人が叫んだ。その声にベルセリオスたち三人は不思議そうに首を傾げた。


「なにを、って言われても、なぁ?」


 ベルゼはベルセリオスとその兄に向かって、問いかけながら背負った剣をベルセリオスへと投げ渡す。投げ渡された剣をベルセリオスは受け取った。


「そんなの決まっているよなぁ」


 ベルセリオスの兄がベルセリオスにと目配せをした。ベルセリオスは頷きながら、投げ渡された剣を抜いた。


「獲物の数を話し合っていたんだよ、おじさん」


 にこり、とベルセリオスが笑い、そして消えた。それが商人の見た生前最後の光景だった。

明日に続きます。

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