Act8-118 ククルさんの涙
本日五話目です。
「さて、どこから話しましょうか」
ククルさんは火を眺めながら笑っていた。
爆ぜる火によって照らされているはずなのに、その笑顔はとても暗い。
暗い理由はわかりきっている。わかりきっているけれど、俺にはなにを言えばいいのかがわからなかった。
「そうですね。少し昔の話をしましょう」
「昔の話ですか?」
「ええ。昔、昔のことです」
そう言ってククルさんが語り始めたのは、ある混ざり者の少女の話だった。
「とあるところに、「混ざり者」と言われてしまう少女がいました。その少女には優しい母と少女に甘々の父がいました。少女の家は裕福な家でしたので、なに不自由なく育つことができました。ただひとつだけ彼女が欲しても得られないものがあったのです。彼女には友達がいませんでした」
「……「混ざり者」だから、ですか?」
「混ざり者」とは、厳密的に言えば「人魔族」を指す言葉ではあるけれど、ククルさんのように魔族同士であっても、種族が違うハーフに対しても使うことがある。
そして「混ざり者」と呼ばれる人は迫害されやすい。それは子供同士であっても変わらないようだ。
「ええ。その子が住んでいた国の王様は大変な名君で、どんな種族や産まれであっても子が宝であることには変わりない。宝である子を育めぬ者が、国が繁栄することなどありえぬ、と言いきる方ではありました。しかしそれでも差別感情を完全になくすことはできませんでした。その弊害をその子は受けていたのです。加えて家が裕福であったことも影響していたのでしょう。彼女と同年代の子たちはみな彼女を「混ざり者」と蔑んでいたのです。……たったひとりを除いては」
ククルさんは遠くを見つめていた。
火を眺めてはいない。目に見えない、とても遠いなにかを見つめていた。
「少女には幼なじみの男の子がいたのです。もともとは少女の父親の部下の子供でした。本来であれば幼なじみではなく、将来的には部下となる子だったのです。最初はその子もその少女を「様」と呼んでいました。ですが、ある日からその少年は「様」と呼ぶのをやめました。少女にとっては屈辱的ですが、かわいらしい呼び名をするようになったのです。そしてその少年は言ったのです」
「なんて?」
「「僕は絶対に偉くなる。偉くなって君をいろんなものから守れるようになる」と。そう言って少年は祭りで勝ったオモチャの指輪を少女の左手の薬指にはめました。その少年なりのプロポーズだったのです」
ませてはいるが、なんとも微笑ましいことだ。
ただ問題はそのプロポーズをこの人が受けたのかということだ。
「受けたんですか?」
「まさか。少女は自分よりも弱い存在には興味がありませんでした。自分よりも強くなって出直して来い。そう言ったそうです」
「……らしいですね」
実にククルさんらしいことだった。
たしかにこの人であればそういうんだろうな。
……たとえそれが強がりだっただけだとしても、だ。
「それから少年は必死に努力をしました。ついには少女が目指していた国王直属の部隊への入隊を果たしたのです。……少女はそのときの彼の笑顔を憶えていたそうです。あんなにも弱々しかった背中が、とても逞しく、そして大きくなっていました。その頃には少女はもう戦うことができない体になっていたのです。それが余計に少女を頑なにさせました。それでも少年は少女を想い続けていたのです。どんなに魅力的な縁談が舞い込もうと、ただひとりの愛する少女を見つめ続けていました」
「……ずいぶんとまっすぐな少年だったんですね」
「ええ。すぎるほどにまっすぐでした。それこそ目がくらんでしまうかのように、とても、とても彼はまっすぐで、大バカでしたよ」
顔を俯かせて、ククルさんは前髪を掴んだ。
体がかすかに震えている。
体だけじゃない。声さえも震えていた。
「……本当に、どうしてでしょうね? 私なんかよりもきれいで、性格もよければ、スタイルもいい女性など山のようにいたでしょう。なのに、どうして、アトライトは私なんかを想ってくれているんでしょうね。こんな仏頂面で、性格もよくなければ、幼児体型な私なんかのどこがよかったんでしょうね? わからない。わからないよ、なんで、なんで私なの? なんで私に殺せって言うの、アトライト」
ククルさんは泣き崩れてしまった。
初めて見た。ククルさんが泣く姿を俺は初めて見た。
なにも言えない。なにも言えないまま、ククルさんは泣き続けていく。
「殺したくなんか、ないよ。もう誰かの命なんていらない。もう背負いたくなんかないよ。「ベルゼビュート」なんてもうどうでもいいの。だから、死ぬなんて言わないでよ。私に「殺せ」って言わないでよ、アトライト」
アトライトさんにと、遠くにいるアトライトさんへ必死に告げるククルさん。
でもその必死な声への返答はいつまでも経っても聞こえることはなかった。
聞こえるのは宴の喧騒と焚火の爆ぜる音、そしてククルさんの泣きじゃくる声だけだった。
堪らずにククルさんを正面から抱きしめた。
ククルさんはなにも言わずに、泣き声をあげた。
誰にも聞こえないように、いや誰にも聞かせないように、素直ではないこの人の泣き声を閉じ込めようと、俺はククルさんを強く、強く抱きしめたんだ。
続きは五時になります。




