Act8-116 茶番劇
本日三話目です。
「ベルル」の街が少しずつ遠ざかっていく。
馬車に揺られながら、遠ざかる街並みをぼんやりと眺めていると、「主様」と声を掛けられた。
振り返るといつものメイド服を着たモーレが立っていた。
「お隣に腰掛けても?」
「構わないよ」
「では失礼致します」
モーレは静かに一礼をしてから、隣に腰掛けた。短めな髪が風に靡いている。
「……いろいろとお聞きになったみたいですね?」
「最初から核心を突くんだね」
「主様はそちらの方がお好みと記憶していましたが?」
穏やかにモーレが笑う。
俺のことであれば、お見通しというところか。
「……本当にいいのかな?」
「……よろしいのではないでしょうか? ご本人が納得している、というのであれば、それを他人がとやかく言える筋合いはございません」
「それはそうかもしれないけど」
まだほかに手はあるんじゃないか? もっとやりようはあるんじゃないか? 答えはひとつしかないわけじゃない。時間を掛ければもっと別な答えが──。
「……そのときに出なければ、意味はありません。逆に言えば、そのときに出た答えこそが本当の答えです。……それが必ずしも正しいとは言い切れないでしょうが」
「これもそのときに出た答え、だったのかな?」
「……おそらくはそうだったのでしょうね」
モーレはそれ以上はなにも言わなかった。
悲しい答えだけど、本人が望んだのであれば、俺がとやかく言える筋合いじゃない。
そもそもこれから俺はその相手と戦いに行くんだ。
正確には戦いに行く部隊のひとりとして、だ。
「ベルル」の街の衛兵のうち、精鋭だけで形成された部隊。その部隊には当然のように、レアたちやプライドさんもいるし、ティアリカもいる。
カティが離れたくないとか言うかと思ったけれど、カティはすんなりとティアリカを見送っていた。
まぁ、「お守り」を渡したというのもあるんんだろうけれど。
目が見えないのに、よく作ったものだよ。
その「お守り」をティアリカは右手首に巻いて、愛おしそうに見つめていた。とても微笑ましいね。
まぁ、とにかく、参加している面々が面々ということもあり、この戦いにおける最強の部隊が「ベルル」の部隊には集まっていた。
そしてそんな部隊は「ベルル」だけじゃない。
すでに「清風殿」の周囲には、複数の領主が兵を送っているし、これからも増えるようだ。
まるで「清風殿」を囲むのがはじめから決められていたかのように。なんの滞りもなく進む姿は、なんとも言えない気分だ。
「盛大な茶番劇だね」
「主様」
「……わかっている。わかっているよ、エレーン」
俺の役目はひとつだけ。相手の元までククルさんを送ること。その道中の安全を確保することが俺の役目だった。
茶番劇だとしても、相手方は本気で来る。本気で殺しに来る。
手加減なんてできない。手加減をしていたら、こちら側の誰かが命を落とすかもしれない。
だから奪うしかなかった。奪われる前に奪うしかないんだ。
「ククルさんは?」
「……いまは誰とも話をしたくないようです」
ちらりとエレーンが見たのは、ククルさんだけが乗っている馬車だった。
この部隊ではククルさんが総大将ということになる。
……酷いもんだよ。
いや、惨いと言った方がいいのかな?
こんな茶番劇の主役に抜擢されてしまったんだ。
事実を知っている人にとってみれば、惨いとしか言えない。
それでもやるしかない。
だからこそククルさんはああして馬車にこもっている。
幼なじみを殺す覚悟を決めているんだ。
「惨いなぁ」
「それもまた人の世の宿命です」
「宿命、か」
俺だったら耐えられない。
耐えられるわけがない。
それでも時は訪れる。その時の訪れをあの人はどうやって耐えるのだろう。
揺れる馬車の荷台から閉ざされた馬車を、ククルさんが乗る馬車をただ見つめることしかできなかった。
続きは三時になります。




