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Act8-104 つかの間の その十四~聞き間違い~

 その後みんなからの了解は取れたんだ。


 誰もが急だとは言ったけれど、了解は取れたんだよね。


 ただ、タマちゃんの部屋に入ったら──。


「ふふふ、妾の足はどうかえ?」


「ふ、ふぁぁぁ、最高ですぅ~」


 ──フローリングに寝転がったタマちゃんの背中をデウスさんが踏んでいるというなんとも言えない光景が広がっていたので、静かにドアを閉めたよ。


 もっともすぐにタマちゃんはドアまで駆け寄って来たので、ドア越しにタマちゃんからも了解を得ました。


「レンさん、レンさんが見たのは、ちょっとした手違いで──」


「わかっている。わかっているよ。タマちゃんが新しい世界の扉を開いてしまったことはわかっているから」


「勘違いですよぉ~!?」


 タマちゃんの叫びが響き渡ったが、そのときには俺はドアから離れていました。


 下手に居座ると面倒になりそうだったからね。


 とにかくそうしてみんなから了解を得た頃には、すっかりと日が傾いてしまっていた。


 でもどうにか「母の日」も行えそうだ。ケーキの準備はどうかなと思って、キッチンに向かうと──。


「ふふふ、どうですか、カティちゃん?」


「わふぅ、おいしいの!カティアまま!」


 ──例のいけ好かない女さんが、カティにケーキを食べさせていました。


 カティの口の回りは食べかすだらけになっていて、とても愛らしい。


「もう、カティ。食べすぎだよ?口の回りが食べかすだらけだし」


「ふふふ、そういうシリウスちゃんもですよ?」


「わ、わぅ!?」


 カティをお姉ちゃんらしく注意していたシリウスだったけど、そういうシリウスも食べかすだらけだった。


 それを指摘されるとシリウスは驚いて口元を袖で拭おうとしていた。


「もう、ダメですよ? ちゃんと拭わないと」


 でもそんなシリウスをいけ好かない女さんを注意すると、懐から取り出したナプキンで口元を優しく拭っていた。

 

 シリウスは恥ずかしそうに「わぅ」と鳴いていたが、どこか嬉しそうに見えた。


 いけ好かない女さんはどうしてこうも俺を挑発したいのやら。


 人の娘に馴れ馴れしいと言いたいところだった。


 だけど、俺は口にできなかった。


 だって、俺は重ねてしまったから、そのやりとりを。かつてのカルディアとのやり取りと重ねてしまったのだから。


「カルディア」


 思わず口にしてしまっていた。


 愛しい彼女の名前を。口にしてしまっていたんだ。口にしたところでなんの意味もない。


 だってカルディアはもうどこにもいないんだ。ただの感傷でしかない。そう思っていたのに。


「うん? なぁに?」


 なぜかいけ好かない女さんが振り返ったんだ。


「え?」


 なんでいけ好かない女さんが振り返ったのかがわからなかった。


 本人も最初は不思議そうにしていたけれど、すぐに慌て始めた。


「あ、そ、その、カティアと呼ばれたのかと思いまして」


 あははは、と繕うようにいけ好かない女さんは笑っていた。


 本人曰く聞き間違いだということだった。


 聞き間違い。たしかに「カティア」と「カルディア」は似ている。


 聞き間違えてもおかしくはない、のかもしれない。


「……そっか」


「それでなにかご用でも?」


「いや、ケーキの準備は大丈夫かなって」


「それでしたら」


「あ、「旦那様」」


 キッチンの奥からティアリカが顏を出した。


 どこから取り出したのか、割烹着姿でティアリカにはよく似合っていた。


「ティアリカ。ケーキは大丈夫そう?」


「はい、問題ございませぬ。腕によりをかけて作らせていただいておりますゆえ」


 腕まくりをして笑うティアリカ。


 普段の彼女とは違って、少しお茶らけたポーズだけど、そういうところも愛おしく思える。


「……ティアリカ殿。ケーキはちゃんと見ておかないとダメですよ?」


「あ、そうですね。では、「旦那様」また後ほどに」


「あ、うん。またね」


 邪魔をするのも悪いか。


 いけ好かない女さんはなにやら機嫌が少し悪そうだ。


 いや、機嫌が悪いと言うよりも悲しんでいるような? 気のせいかな?


「じゃあ、俺はこれで」


「シリウスちゃんたちにお手伝いをしてもらっても?」


「え、あ、ふたりがいいのであれば」


「では、問題ありませんね。では、引き続きお願いしますね、おふたりとも」


 いけ好かない女さんはシリウスとカティを見やりながら言う。


 笑っているのだけど、やはり悲しんでいるようにも見えた。


 俺は逃げるようにしてキッチンを後にした。


 見てはいけないものを見たような気がしたし、なによりも触れてはいけないなにかに触れた気がしてしまったから。


「……聞き間違い、なんだよな?」


 キッチンから遠ざかりながら、頭に浮かんだ言葉を口にしていた。口にしながらも足早にキッチンから離れたんだ。

 やっちゃったカティアさんでした。

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