Act8-100 つかの間の その十~「剣仙」と「血刃」~
「──いいですか、レンさん。そもそも女性というのはですね」
タマモ殿が「旦那様」をお説教している。
「旦那様」はフローリングで正座をしてタマモ殿のお話を聞いておられている。
タマモ殿がお怒りなのは、曰く「旦那様」が盛ってしまったからということ。
手前としては別に問題はないと言いますか。
むしろああして求められるのは嫌じゃなかったと言いますか。
『やれやれ生娘のくせに。いっぱしの口を』
『あなたは黙っていなさい!』
ミドガルズが余計なことを口走ってくれましたが、あなたの意見は聞いていないのですよ。
そもそもなんでアイテムボックスにしまい込んでいるのに、念話を繋げてきますかね!?
『まぁ、私はもともと神獣様の眷属でしたからねぇ』
『……あくまでも元はでしょうに』
『ふふふ、そうでしたねぇ』
くすくすとおかしそうに笑うミドガルズ。
手前のことを主と言っておきながら、常に上から目線なのは腹が立ちますけども、この子の出自を考えればその態度は納得できるものでした。
『最初の主からは見捨てられてしまいましたからねぇ。まぁ、当時の私は暴走していましたから、無理もないとは思いますけど』
『……そんなあっけらかんと言うことではないでしょうに』
『いえいえ、言えることですよ。なにせそのおかげであなたに出会えたのですから、主ティアリカ』
ミドガルズは嬉しそうでした。
手前なんかと出会えたことがそんなに嬉しかったのでしょうか。
手前にはよくわかりませんね。
『ふふふ、自己評価が低いところは神子様のことをとやかく言えませんね』
『……卑怯ですよ、ミドガルズ』
『ふふふ、年の劫というところですよ、主』
ミドガルズがおかしそうに笑っている。
今日のミドガルズはいつもよりも機嫌がいいみたいですね。
普段であれば、やれ刀身を磨けだの、やれ目釘の調子を確かめろだのといろいろと口うるさいのですが、今日は機嫌がいいようですね。
……この子が機嫌いいのはあまり喜ばしくないことではあるんですがね。
なにせこの子の機嫌がいいということは、なにかしらの戦が迫っているということですから。
そんな勘弁してほしいジンクスがこの子には存在しているんです。
……それもやはり神獣様の眷属だったことが影響しているんでしょうね。
『……今回はどれほどの大きさのものになりますか?』
『さて? 普段であれば、いくらかはわかるのですが、今回はいまひとつ読み切れませんな。ただサカイめが現れたことを踏まえると、ジズ様もそれなりの規模で参戦されると仰ったも当然ですので、少なくともこの国だけで済むことではないと思われます』
『……大きな戦になると?』
『ええ。それこそベルセリオス殿たちと当時の「七王」たちの戦いに引けを取らぬどころか、凌駕しかねないと思われます。まぁ、あの戦いは言うなれば、盛大な親子喧嘩だったわけですが。愚かなものです』
ミドガルズは呆れているようだった。
たしかにあの戦は大雑把に言えば、ただの親子喧嘩でした。
ひとつの大陸を滅ぼしてしまった盛大な親子喧嘩になったのです。
もっとも当時のことを知る者はほんのわずかしかいない。当事者と関係者しか知らない事実でした。
『ミドガルズ。口がすぎますよ?』
『少しくらいであればいいとは思うんですがね』
『その少しを超えています。自重しなさい』
『……まぁ、主ティアリカにとってみれば、当事者のひとりにとってみれば、たしかに過ぎたことでしたね』
ふふふ、とミドガルズはいくらか挑発的な言い方をしてくる。
ミドガルズらしいと言えばらしいことではありますが、今日はいつにも増して挑発的な感じがしますね。
それだけ血が騒いでいるということでしょうか。
『興奮していますね、ミドガルズ』
『それはもう。久方ぶりに血を浴びられますからね。ああ、此度はどれほど命を奪えるでしょうか。とても楽しみですよ』
アイテムボックスから怪しい魔力が沸き上がっていくのがわかります。
ミドガルズは相当に興奮しているようですから、此度の戦は相当のものとなるのでしょうね。
……ミドガルズが楽しみだと言うのも無理はないのかもしれませんね。
『それに主とて、楽しみでございましょう? 強き者と命を懸けた斬り合いができるのですよ? かつてあなたがもっとも楽しみにしていたことですよ? 「血刃」ティアリカ』
体があれば、怪しく口元を歪めていたであろうミドガルズの言葉は、手前には否定できないことでした。
この身はかつてたしかに命のやり取りを楽しんでいた時期があったのですから。
ですが、それはもう過去のこと。
この身は「剣仙」ティアリカ。「血刃」ではないのです。
『その名を呼ぶのはやめなさい。叩き折りますよ?』
『ふふふ、怖い怖い。その怖さは敵兵へと向けてくださいませ。たとえば、そう、敵の首を狩るときにかになどね。大好きでしたもの。無抵抗になったものの首を斬り落とすことが、ね』
楽し気に笑うミドガルズ。
もう相手にする気にはなれなかった。
ミドガルズはまだなにか言い募っていますが、すべて無視をした。
手前の目には目の前にいらっしゃる「旦那様」だけを見ていた。
タマモ殿に正座をさせられ、平謝りをされるその姿をただ見つめました。
この人だけには知られたくない。
かつての手前の過ちをこの方にだけは知られたくない。そう思わずにはいられなかった。
かなりヤバめなミドガルズさんでした。




