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Act8-98 つかの間の その八

「安静にしておいてくれよ、タマちゃん」


 タマちゃんを部屋まで送るついでに、ベッドに寝かせてあげた。


 タマちゃんは「申し訳ないです」と言っていたけれど、水臭いことを言わないでほしいもんだ。


「なに、水臭いことを言っているんだよ、タマちゃん」


 ベッド脇の椅子に腰掛けると、タマちゃんは驚いた顔をした。


「えっと、なにをして」


「看病をするに決まっているだろう?」


 なにを言っているんだろうか、この二十歳は。


 病人がいたら看病をするのが世の情けというものだ。


 それが友人であればなおさらだ。友人を放っておくことなんて俺にはできない。


 たとえこの世界に来て初めて、リアルで会ったとしてもタマちゃんが俺の友人であることには変わらない。


 もちろん希望にとっても、タマちゃんは友人だから、きっとこの場に希望がいたら、俺と同じようにタマちゃんの看病をしたと思うよ。


 ……もっともこの野獣とふたりっきりになどさせないけどね? 


 下手に甘い顔をしているとこの野獣はうちの嫁にさえ手を出しそうだもの。


 ちゃんと釘を刺しておかねばなるまい。


「あははは、こんなときでもレンさんは変わりませんね」


「簡単にコロコロと変わる方が問題あると思うけど?」


「そうですね。そんなコロコロと変わる人なんて、誰も信用しませんからね。……そんなレンさんだからボクは信じられるのですよ」


「タマちゃん?」


 なんだろう? タマちゃんの様子が少しおかしいぞ? 


 まぁ、タマちゃんは大抵おかしいけれど、今日は一段となんか変だ。


 なんというか、妙な胸騒ぎを憶えるというか。


「……なにかあったの?」


「特になにも。ただ、そうですね。少し思い出していました」


 タマちゃんはそう言って遠くを眺めはじめた。


 その姿には違和感しかない。


 妙に胸が騒いでいく。


 この胸騒ぎはいったいなんなんだろうか?


「憶えていますか、レンさん。ボクとレンさん、そしてヒナギクさんが最初に出会ったときのこと」


「もちろん」


 俺たちが最初に出会ったのはゲームの中だった。


 エターナルカイザーオンライン。通称「EKO」の中でのことだった。


 当時タマちゃんはちょっとした有名プレイヤーだった。


 まぁ、最初は悪い意味で有名だった。


 でも徐々に「すごいプレイヤー」がいるという噂が流れていた。


 そんな頃、俺と希望はタマちゃんと出会ったんだ。


 おんぼろの屋台を引いて懸命に不慣れな調理をしていたタマちゃんとだ。


「……あの頃のタマちゃんのご飯はまずかったなぁ」


「最初に思い出すのがそれなんですか!?」


「いや、だってさぁ? 野菜炒めがなんで甘いんだよ?」


「そ、それは」


 タマちゃんが顏を反らした。


 後で聞いた話だけど、砂糖と塩を間違えてしまったらしい。


 なんてベタな失敗だろうと思ったし、甘ったるい野菜炒めなんて食っていられなかったけれど、小さな体で必死に調理をしてくれたタマちゃんに、「こんなもの食えない」なんて言えるわけがなかった。


「まぁ、それでも足しげく通った俺と希望が言えることではないんだけどさ」


「……毎日来てくれましたよね、レンさんもヒナギクさんも」


「狩場へ行くついでって感じだったけどね。タマちゃんの屋台安かったし。まぁ、その分味はダメだったけど」


「そ、それはもういいですから!」


 顔を真っ赤にしてタマちゃんは叫んだ。


 少しだけ調子は上向きになったようだ。


 あくまでも少しだけ、ね。


 まだ全体的に怠そうだ。


 あまり無理をさせたくないな。


「……もう少し昔話に花を咲かせたいけれど、そろそろ寝た方がいいんじゃないか?」


「そう、ですね。少しだけ休ませてもらいますね」


「ああ。起きるまで傍にいるから」


「……じゃあ手を握ってもらっていていいですか?」


「手を?」


「ええ。少し心細いんです」


 申し訳なさそうに笑うタマちゃん。


 その笑顔はなぜか希望と重なって見えてしまった。


 見た目はまるで違う。


 身長や体つきだって全然違うのに、その笑顔だけがなぜか希望と重なってしまった。


「レンさん?」


「あ、うん。なんでもないよ。手を握ればいいの?」


「はい。お願いします」


「わかった」


 タマちゃんの手を握る。タマちゃんは嬉しそうに笑っていた。


 その笑顔もやっぱり希望と重なってしまった。


 どうしてこうも希望と重ねてしまうんだろう? 


「……おやすみなさい、レンさん」


「ああ、おやすみ、タマちゃん」


 考え込んでいる間にタマちゃんはそっとまぶたを閉じた。


 やっぱり少し無理をしていたのかな。


 まぶたを閉じたタマちゃんの顏は、ひどく疲れているようだった。


「ゆっくり休んでな、タマちゃん」


「……レンさんでよかった」


「え?」


 うっすらとまぶたを開きながら、タマちゃんは笑った。


 その笑顔は希望と重なったけれど、希望よりももっと大人っぽい笑顔だった。


「「あの子」が好きになった人が、あなたでよかった。安心して任せられるのです」


「「あの子」って?」


 誰のことをタマちゃんは言っているんだろうか? 


 聞き返そうとしたけれど、それよりも早くタマちゃんは寝息を立ててしまった。


「……誰のことを言ったんだろう?」


 寝入る前にタマちゃんは誰のことを言ったんだろうか。


 わからないまま、俺はタマちゃんが起きるまでそばにい続けたんだ。

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