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Act0-89 そして勇士へと

PV13000突破です!

いつもありがとうございます。

 その後、俺はシリウスを連れて、首都にまで戻った。


 首都に戻ったころには、夜明けだった。


 夜明けの空が、瑠璃色であることは、この世界でも変わらなかった。


 変わらない世界。昨日までとなにひとつ変わらずに、訪れる朝。


 しかしそこにモーレはいない。


 モーレだけがいない。


 モーレとともに迎える朝は、もう訪れることはない。


 涙がこぼれた。


 散々流したはずの涙が、まだ溢れていくことに驚きながらも、城門を潜った。


 夜が明けたばかりだというのに、大通りには人の姿が見受けられた。


 朝の漁を終えて、新鮮な魚が屋台街に運ばれてきていた。その魚を使い、早速調理を始める人もいるし、魚を販売用の屋台に卸している人もいる。


 少しずつ、街に活気が満ちていく。


 活気に満ちる街の姿に、そこにモーレがいないことに、俺は涙を流し続けた。


 涙を流しながら、シリウスを連れて、冒険者ギルドへと向かった。


 その間、シリウスを抱っこしていた。


 後ろから追いかけさせてもよかったのだけど、魔物を街の中に放つのはどうかと思ったし、門番の人にも暴れさせないように注意しろと言われてもいたので、抱っこすることにした。


 もっとも言われなかったとしても、きっと抱きかかえていたと思う。


 誰のでもいい。ぬくもりが欲しかった。誰かのぬくもりを感じていたかった。


 シリウスには悪いかなとは思ったけれど、自分を抑えることはできなくて、抱っこしたまま、大通りを抜けた。


 シリウスはなにも言わなかった。


 ただ頬を舐めてくれた。涙が伝う頬を、何度も何度も舐めてくれた。


 くすぐったかったけれど、我慢した。いややせ我慢はやめよう。シリウスが舐めてくれて、嬉しかった。シリウスの優しさがとても温かった。


 冒険者ギルドの前にはククルさんが立っていた。俺の姿を見て、ため息を吐き、シリウスを見て、唖然としていた。


「なにがあったんです?」


 ククルさんの問いかけに、モーレが死んだこと、二頭のナイトメアウルフに率いられた大規模な群れを殲滅したこと、そのナイトメアウルフにシリウスを託されたことを伝えた。


 ベルセリオスさんのことを言うべきかどうかは迷ったけれど、俺自身ベルセリオスさんが、本当に「初代英雄」なのかがわからなかった。


 あえて誰もが知っている有名人の名を名乗っただけかもしれない。


 勇ちゃん曰く、男の子はみんな誰もが、「初代英雄」に憧れると言っていたから、あのベルセリオスさんもその口なのかもしれなかった。


 ベルセリオスさんのことは、すごく強い人にいろいろと助けてもらったとだけ言った。


 名前は聞きそびれてしまって知らないと、嘘を交えた話をした。


 嘘というものは、ほんのわずかに交えた方が、信じさせやすいものだ。だからククルさんにも信じてもらえると思った。


「運がいいんですね、あなたは」


 ククルさんはそれだけ言うと、腕の中にいるシリウスを見やる。


 シリウスはククルさんを見ると、小さく唸り声を上げたけれど、ククルさんが威圧込みで笑い掛けると、小さな悲鳴を上げて、尻尾を巻いて怯えてしまった。


「おまえなぁ。喧嘩売るなら、相手をちゃんと見て選べよ。それと喧嘩を一度売ったのであれば、最後まで意地を貫けよ。おまえの父さんは、そういう狼だっただろう?」


 抱きかかえていたシリウスと、目線を合わせて、ちょっとお説教をしてやった。


 シリウスは、巻いた尻尾をさらに巻いて落ち込んでしまった。


「ウルフというよりかは、普通の仔犬に見えますね」


 ククルさんは、まじまじとシリウスを眺めていた。


 威圧されて懲りたのか、シリウスはククルさんが不躾に見ても、なにも言わず、黙ってされるがままになっていた。学習能力が高いですこと。


「とりあえず、その子があなたの使い魔である証明書を作りますので、中に入ってください。その際、出すものは出しておいてくださいね」


 ギルドの前でいつまでも話しても仕方がないと思っていたところに、ククルさんがシリウスの証明書を作ってくれると言ってくれた。


 どうやら証明書とその証になるものがないと、本来魔物を街の中に入れてはいけないようだった。


 まぁ、普通に考えれば、そうだよな。


 魔物とひと口に言っても、ピンキリなんだ。


 シリウスのようにまだ弱い魔物であれば、たとえ暴れ出してもすぐに「討伐」できるけれど、シリウスの両親のように高ランクの魔物であれば、「討伐」はおろか、倒すことだって容易じゃない。


 それに下手をすれば、冒険者が間違って攻撃をしてしまう可能性だって十分にあった。


 それらのトラブルを防ぐために、そういう証明書か証が必要なのだろう。それを作ってくれると言うのであれば、断る理由はなかった。


 それにシリウスの両親の解体をお願いしたかったというのもある。


 ククルさんもそのことがわかっているから、解体とは言わなかった。出すものは出しておけと言ってくれたのだろう。


 シリウスはその辺のことを理解しているのか、していないのかはわからなかった。


 初めて入る大きな建物に興奮しているようだった。無邪気だなぁと思うも、それがただ空元気なのか、それとも本当に興奮しているのかは、俺にはよくわからなかった。


 シリウスが喋ってくれるのであれば、すぐにわかるのだけど、ククルさんが言うには、シリウスはまだ喋ることはできないようだ。


「高ランクになれば、魔物も人語を喋ることができるようになります。逆に言えば、高ランクの魔物にならないと喋ることができないということでもあります」


「具体的に言うと?」


「Bランクからですね。もっとも喋られるからと言って、喋ってくれるかどうかはわかりません。対話というのは、基本的に対等の相手にするものですから」


「対等だと思われなければ、対話が成立しないと?」


「そうですね。その点、シリウスくんの父親は、あなたを認めたのでしょうね」


 ククルさんは微笑ましそうに俺を見つめた。


 なんて言っていいのか、よくわからなかった。光栄だと言えばいいのだろうか。


 ナイトメアウルフは、俺のことを友と言ってくれた。


 あれは子供を託すからこそ言ったのだと思っていたのだけど、どうやら本当に俺のことを認めてくれたからこそ、言ってくれたのだろう。


 ナイトメアウルフは、きっと本望だったのかもしれない。


 子供を託した相手は、最後の友だった。そしてその友の手に掛かって死ねた。


 あの武人然とした奴であれば、最後の瞬間は、きっと本望だったと思う。


 だからこそ、あいつは笑っていたんだろう。


 つくづく勝手な奴だと思う。勝手なくせに、カッコよすぎるんだよ、あの野郎は。


「では、ギルドカードの提出お願いしますね」


 受付まで、ククルさんと一緒に向かうと、ククルさんが言った。


 なんでギルドカードをと思ったけれど、素直に渡すことにした。


 ククルさんは手渡したギルドカードに手をかざした。


 するとカードの色が変わった。赤銅色から、白銀へと変化し、中央に書かれていたランクがCからBにと変わっていた。


「おめでとうございます、カレンさん。今日からはBランク冒険者として頑張ってくださいね」


 ククルさんの言葉に、俺は唖然となった。


 昨日Cランクに上がったばかりで、貢献度もろくに溜まっていないはずだった。


 いくらなんでもいきなりBランクに上がるというのは、ありえないはずだ。唖然とする俺にククルさんは説明をしてくれた。


「本来であれば、昨日の今日でBランクになるなんてことはできません。しかし、あなたはBランクのナイトメアウルフ二頭の「討伐」に、そのナイトメアウルフたちが率いていた、ダークネスウルフ十数頭に、無数のブラックウルフの群れを殲滅しました。Bランクの魔物を倒したのではなく、「討伐」した。そのうえ、大規模な群れを殲滅したとなれば、この国に対する貢献度は十分すぎるでしょう。ゆえにBランクの昇格が決まりました。胸を張りなさい、カレンさん。あなたはいまこの出張所の中で、一番の腕利きの冒険者になったのです」


 ククルさんはそう言った。けれど、俺は喜べなかった。


 だって、群れのほとんどを殲滅したのは、モーレだ。俺じゃない。


 ナイトメアウルフを「討伐」したのは、俺だけど、それだってシリウスの母親に手傷を負わせたのは、モーレだった。


 功績のほとんどはモーレのものだ。俺のものじゃない。だから素直に喜ぶことはできなかった。


「あとこれもお渡ししておきます」


 俺の反応を見て、ククルさんはため息を吐くと、銀色のギルドカードをもう一枚渡してくれた。そのカードには、モーレの名前が書かれていた。


「なんで、モーレの名前が」


「彼女も今日から、Bランク冒険者になりました。今回のことは、あなたと彼女のふたりのクランで解決したということにしましたので、あなたがBランク冒険者になるのであれば、彼女も当然Bランク冒険者になりますよね? これで彼女は犯罪者のレッテルではなく、勇士として語られる存在になりますが、どうします? あなたがCランクのままでいいと言うのであれば、彼女の功績もなかったことにしないといけないのですが?」


 にやりとククルさんは、人の悪い笑顔を浮かべた。


 そんなことを言われたら、断るわけにはいかなかった。


 モーレをだしに使われたと思えば、ちょっと腹立たしくはある。けれどククルさんは、モーレのためにこんな回りくどいことをしてくれたのだろう。


 その気持ちを無下にはできないし、していいとも思わなかった。


 犯罪者としてではなく、首都の危機を救い、その命を落とした勇士として語られるのであれば、それもまたモーレにとっての手向けになるはずだ。


「……わかりました。Bランク冒険者になります」


 それ以外に選択肢はなかった。そうして俺はBランク冒険者になったのだった。

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