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Act0-88 送り火と決意

「終わったか」


 ベルセリオスさんの声が聞こえる。


 振り返ると、ベルセリオスさんは、すぐそばにいた。


 ベルセリオスさんは濡れていた。


 降りしきる雨に素顔を隠す仮面さえ濡れ、その仮面の向こうの瞳は、赤々と燃えているようだった。


 燃えながらも、ベルセリオスさんの目はどこか悲しみを帯びているようにも見えた。


「泣いているんですか?」


「……泣いてはおらぬよ。雨に濡れているだけだ」


 それだけ言うと、ベルセリオスさんは、袋を投げ渡してきた。エンヴィーさんにもらったのと同じ種類のアイテムボックスだった。


「この場で解体をするのが一番だが、子供の前で親の遺骸に手を入れるのは、憚れるだろうからな」


 シリウスのことを考えてくれているようだ。


 たしかにこの場にはナイトメアウルフ二頭分の素材があった。


 同時に、シリウスの両親の亡骸に、手を入れるということでもある。シリウスには、いつでも殺していいとは言った。


 だからと言って、シリウスの目の前で、シリウスの両親の亡骸から素材を手に入れるのは、外道のやることだろう。


 手を入れるのであれば、シリウスが見ていないところでやるべきだ。シリウスに両親の体がばらばらになるところなんて見せたくなかった。


 だからこそ、ベルセリオスさんがくれたアイテムボックスはありがたかった。


 なんだかんだと言って、この人は優しい人のようだ。それ以上にスパルタな人でもあるけれど、優しいところがあるのは間違いない。


「問題は、ナイトメアウルフよりも、そのハーフフッドの女の死体をどうするかと言うことだ」


 ベルセリオスさんの言葉に、俺はなにも言えなくなった。


 そう、ナイトメアウルフの亡骸は、アイテムボックスにしまって、ギルドで解体してもらえばいい。


 しかしモーレの死体は、そういうわけにはいかない。


 かといって、こんな街道沿いで埋めるのはどうかと思う。


 街道の端とはいえ、死体が埋まっているとなれば、大事になってしまう可能性がある。


 日本でなら、死体遺棄事件だ。それはこの世界でもあまり変わらないだろう。


 となれば、モーレの死体はどうすればいいのか。


 モーレの死体もアイテムボックスに入れば、ひとまず問題はなくなる。でもそれは問題の先送りにしかならない。


 どこかでモーレの死体は葬ってあげなきゃいけない。


 このまま放置して、蛆に纏わりつかれる姿なんて俺は見たくない。


 土に埋めて、徐々にボロボロになっていく様も見たくない。


 海に沈めるのも。似た理由で却下だ。選択肢はあるようでなかった。


 欧米式の埋葬よりも、日本式の火葬が一番いいのかもしれない。


 きれいなままで、燃え尽きる。それが一番いいのかもしれない。


 このままずっと腕に抱き続けていられるわけじゃないのだから。どこかで決断しなければならなかった。


「……辛いだろうが、そのままというわけにはいかぬ。瘴気に侵され、動く死体となることもありうる。そうなる前に、手を打ってやれ。友なのだろう? ならその友の遺骸を手厚く葬ってやるのも、友として最後にしてやれることではないか?」


 正論だった。


 ぐうの音も出ないほどに、正論だった。


 俺は静かに頷き、モーレをそっとその場に寝かせた。


 降りしきる雨が、モーレの体を打ち付ける。


 真っ白になったモーレの肌を雨が伝っていく。


 現実味のない光景のように思えた。まるで作り物のように思えてならない。けれど、目の前にいるモーレは作り物ではなかった。


「……どうするつもりだ?」


「火葬します。それが一番いいと思う」


「……そうか。では、少し手伝おう。火の魔法では、この雨では勢いが強くなるまえに、消えてしまうからな」


 ベルセリオスさんは、その場に腰を下ろし、手を重ね合わせながら詠唱を始めた。


「清浄なる火よ。この者の魂を清め、次なる生を与えたまえ」


 ベルセリオスさんが、手を開いた。そこには白い火があった。火の魔法とはなにか違っている。


「これは?」


「聖魔法「浄火」だ。光の先にある属性魔法だ」


「浄火」


「曲がりなりにも、天属性を操れるのであれば、使えるはずだ。やってみろ」


 言われるままに、手を重ね合わせ、ベルセリオスさんの詠唱をまねた。


 手の間が温かくなった。


 開くと、手の間に白い火が現れていた。


 火のはずなのに、熱くなかった。温かい。不思議な火だった。


「……使えるとは思ったが、一発で成功するとはな。まぁ、いい。その火で葬ってやれ。それが友として、そなたができる最後の役目だ」


 言われるままに、モーレにと手を向ける。


「浄火」がモーレへと向かって行く。雨の中でも「浄火」は消えることなく、モーレのもとにたどり着き、その身をゆっくりと包み込んでいった。白い火が、モーレを燃やしていく。


 不思議なことに、その火はモーレだけを燃やしていた。


 正確に言えば、モーレの体を燃やしている。着ていた服は燃えるどころか、焦げ目さえついていない。


「「浄火」は、火属性の魔法ではない。あくまでも聖属性の魔法だ。その聖なる炎は、その者の罪状を焼き尽くし、次なる生のために、魂を浄化する。ゆえに対象となった者以外には、燃え移ることはない。たとえ森の中で使ったとしても、火事になることはない」


「聖属性」


「ああ。光属性の上位にあたり、天属性の下位になる。もともと天属性は光に祝福され、聖を極めた者だけが、行使できる属性だ。そなたのように、聖属性のことも知らぬ者が扱えるものではないのだよ、本来ならば、な」


 白い火に呑まれていくモーレを見つめながら、ベルセリオスさんの言葉を聞いていく。


 光属性の上位が、聖属性。たしかに光のすぐ上が、天属性というのはさすがにありえなかった。


 実際、光と同じ基本の属性である風と光の最上位にあたる天とでは、そのエネルギー量がまるで違っていた。


 属性自体が違うというのもあるかもしれないけれど、そもそも格自体が違うのであれば、そのエネルギーの総量が違うのも納得できる。


「このハーフフッドの女も、聖属性を使えていれば、ナイトメアウルフまでも全滅させられただろうな。「輝煌槍」は光の魔法のなかでも、強力なものだが、ナイトメアウルフを倒すまでには至らない」


 火が爆ぜる。モーレの体が白い火により、燃え尽きていく。


 モーレの体は徐々に白い灰にとなっていく。その灰は雨が降っていても、水に溶けることはなかった。


「ハーフフッド族ということは、出身は「蠅の王国」だろう。「蠅の王国」に行くことがあれば、この灰を風の中に巻いてやるといい。「蠅の王国」は「風の神獣」が座す、清らかな風が吹く国だからな。その最期に風と一体になることは、「蠅の王国」出身者にとって、これ以上とない幸せだろうさ」


 モーレの体だった白い灰を指さしながら、ベルセリオスさんは言った。


 故郷の中で眠ることが、モーレに対する手向けになるだろう。


 俺も最期は、地球に帰って眠りたいもの。それはきっとモーレも同じだと思う。


「着ていたものや、装備していたものは、そなたが引き取ればいい。服はさすがにサイズが合わぬだろうが、装備していたナイフは、なかなかのもののようだし、そなたが使ってやればいい。魔鋼のナイフなど、そう簡単に手に入らぬからな」


 モーレのナイフ。


 首都で再会したときに、握っていたそれは、きれいな光を纏っていた。


 そのナイフはいま鞘に入り、白い灰の中に埋もれていた。


 そっと灰の中から掘り出し、鞘から抜く。


 とてもきれいな白刃だった。


 頑丈そうだが、その割にはかなり軽い。頑丈で軽い。刀剣類では、ありえないことだったが、異世界特有の金属なのだろう。


「魔鋼は、魔力の伝導率がいい。そなたの戦闘スタイルにふさわしいだろう。大切にしてやるといい」


 ベルセリオスさんが立ちあがったのは、モーレの体がすべて白い灰になってからだった。


 これ以上話すことはないし、いる必要もないということなのだろう。


「お世話になりました。ベルセリオスさん」


「これといって、なにかをした憶えはないがね。まぁ、二つ目のアドバイスは、次にまみえることがあったときに、見せてもらおう」


 二つ目のアドバイス。


 連撃で仕留めろという奴か。


 連撃を叩き込む前に、決着が着いてしまったから、見せることはできなかった。


「次って、また会えるんですか?」


「さてな? それはそなた次第であろうよ。ではな、次代の「英雄」殿」


 にやりと口元で笑いながら、ベルセリオスさんが背を向けた。


 同時に風が吹いた。


 慌ててモーレの灰をアイテムボックスにしまいこむ。どうにか飛ばすことなく、しまうことができた。


 ほっと一息を吐いたときには、ベルセリオスさんの姿はどこにもなかった。


「……何者だったんだろう、あの人は」


 正体不明の助っ人キャラって奴か。


 なんだか昔の少女アニメに、ベルセリオスさん同様に仮面をつけたキャラがいたような気がするけれど、うろ覚えだった。


「次は、もっと強くなっていたいな」


 守りたい人を守れる力が欲しい。


 最後まで小娘としか言われなかった。


 次はちゃんと名前で呼ばれるくらいに強くなっていたい。


 きっとそのとき、はじめてベルセリオスさんは、俺のことをカレンと呼んでくれると思う。


「強くなるよ、モーレ」


 手の中に残ったモーレのナイフを見つめながら、俺は決意を新たにした。

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