Act8-75 本心と嫉妬と
本日十九話目です。
「旦那様」のお部屋を後にしてからジズ様は無言で歩き続けられました。
手前はその後をやはり黙って着いて行きます。
いったいどこまで行かれるつもりなのだろうか、とは思いますが、相手は神獣様であり、「旦那様」の姉君様でもあるのです。下手なことは言えませんでした。
そうして黙って歩き続けていると、不意にジズ様が足を止められました。
そこは「旦那様」と一緒に「世界樹」の幹を登り始めた場所。
あのバルコニーがある大きな部屋でした。
でもそこは同時に「旦那様」とエレーン殿が体を重ねられた場所でもあるのです。
……正直な話、エレーン殿が羨ましいとさえ感じていました。
エレーン殿はずっと「旦那様」のおそばで、本来の自分を抑えこんで「旦那様」のおそばにいたのです。
そんなエレーン殿とは違い、手前はつい先日出会ったようなものでしかありません。
想いの大きさに差はあるのです。
「旦那様」を想う気持ちはもちろん、「旦那様」から想われる気持ちもまた。
「旦那様」はきっと手前を嫁としては認めてくださってはいないでしょうね。いまはまだ。
実際手前自身、いまだ「旦那様」の嫁とは言えないと思っています。
手前の想いなどしょせんは勝手に思っているだけにしかすぎません。
エレーン殿やレア姉様たちのように「旦那様」からも想われてなどいないのでしょう。
だから羨ましがったとしても、「旦那様」が手前をエレーン殿やレア姉様たちと同等に扱ってくださるわけがないのです。
しょせん手前などは──。
「こぉら、ティアリカ、ダメでしょう?」
──こつん、という軽い音が響きました。
いつのまにか、ジズ様が振り返って手前の頭を拳で軽くたたいておいででした。
「ジズ、様?」
叩かれた場所をさすると、ジズ様は小さくため息を吐かれました。
「違いますぅ~。いまは「お義姉ちゃん」です。言いづらいなら「お義姉さん」でも可だよ」
「え、いや、あの、その」
「なぁに? 言いたいことがあるなら、はっきりと言いなさい」
顔を突き出されながら、ジズ様が目をすっと細めます。
ちょっと怖いです。
でも不思議と「旦那様」と重なって見えてしまいます。
「えっと、なぜジズ様は手前の頭を──あいたっ」
とりあえずなぜ手前の頭を叩かれたのかを聞こうとしたら、なぜかまた叩かれました。意味がわかりません。
「お・ね・え・さ・んでしょう?」
またため息を吐かれるジズ様。
どうやらジズ様をジズ様と呼んだことが気に入られなかったみたいです。
とはいえです。いくらなんでも神獣であるジズ様に、そんな馴れ馴れしい呼び方をするなど。
「いまは神獣とかはどうでもいいの。いまの私はあなたの「旦那様」のお姉ちゃんだからね。したがってあなたのお義姉さんでもあるの!」
「それはそうですが」
「いいから、はい、お義姉さん! りぴーと!」
「は、はい。お、お義姉さん」
ジズ様の勢いに押されてしまい、畏れ多いことに「お義姉さん」とお呼びしてしまいました。
ですが、ジズ様は「お義姉さん」という呼び名をお気に召されたようで、嬉しそうに「ふふふ」と笑っておいででした。
その笑顔もまた「旦那様」によく似ておいででした。
「さて、ティアリカ」
「はい」
「なんでここまで来たのかはわかるかな?」
「……わかりません」
「今日ここで妹ちゃんはエレーンを、いや、モーレを抱いたからだよ」
ジズ様ははっきりと言われました。
その言葉に手前は小さく、とても小さく息を呑みました。
ジズ様に気付かれることがないように、とても小さく。
けれど、ジズ様がお相手では無駄な努力でしかありませんでした。
「羨ましいんでしょう?」
「それは」
「はっきりと言いなさい」
「……はっきりと言えば、嫉妬しております」
「そう」
ジズ様は一言だけ返されました。
その「そう」に込められた想いがどういうものなのかは、手前に刃わかりかねます。
ただジズ様が手前を気遣ってくださっていることだけはわかりました。
「ティアリカはさ」
「はい」
「妹ちゃんが好きなんでしょう?」
「それは」
「言いなさい」
強制力のある言葉でした。
その言葉に導かれるように、静かにでもはっきりと頷くと、ジズ様はとても嬉しそうに「そっか」と笑われたのでした。
続きは十九時になります。




