Act0-86 ナイトメアウルフからの依頼 その三
「狼の育て方なんて知らないんだけど」
犬の世話をしたことはあるけれど、狼の育て方なんて知らない。
同じ犬科であっても、狼と犬では、まるで違う。
どこがどう違うのかと言われても、説明はできないけれど、狼と犬は似ているようで、別物であることは知っている。そんな狼の育て方なんて、俺が知っているわけがない。
「別に一から十まで世話をしてくれと言っているわけじゃない。この子が立派に成長するときまで、導いてやってはくれぬか?」
立派に成長するまで。
その立派に成長するっていうのが、どの範囲までなのかがよくわからない。
ナイトメアウルフもどこまでは言っていないので、拡大することも縮小して解釈することも、俺の自由っちゃ自由だ。
まぁ、普通に考えれば、群れを率いることができるようになるまで、育ててやればいいってことなんだろう。ただその場合は、進化するのは当然だとしても、どこまで進化させればいいのだろう。
「どこまで進化すれば、群れを率いることができるんだ?」
「進化した個体であれば、群れを率いることができる。極論、ブラックウルフでも群れを形成することはできる。が、扱いとしては、大きな群れの中のひとつということになってしまうがな。その大きな群れも、それ以上に大きな群れのひとつということもある。それほど大規模な群れというのは、なかなかないので、そこまで気にしなくてもよい。基本的には大きな群れの中のひとつを率いるのであれば、ブラックウルフでも可能だと考えてくれればいい」
「大きな群れの中に入らなくてもいいのか?」
「入る入らないかは、その群れの長の考え次第だ。ただ基本的には小さな群れの長は、大きな群れの中に入りたがるものだ。小さな群れは移動も早く済むが、その分「討伐」される危険性や自分たちよりも強い魔物に襲われるかもしれぬ。しかし大きな群れの一員になれば、狩った獲物の一部をその群れの長に献上する必要はあるが、強い魔物に襲われても、守ってもらえる。「討伐」される危険性があるのは変わらぬが、魔物として生まれた以上は、どのみち「討伐」の対象にされてしまうのだから、いまさらだと気にしない長も多いな」
ふむ。なんだかヤのつくご職業みたいな内容だな。
大元の組織の幹部たちが、それぞれに組を持ち、その組の内部でさらに小さな組を作っていく。
その際、上位の組織にそれぞれ上納金を払い、さまざまな便宜をはかってもらう。
ナイトメアウルフの言った群れの実態と非常に似通ったシステムだった。
「で、その群れを率いることができる程度まででいいのか?」
「それは貴様の考え次第だ。が、目途としては、そんなところであろうな」
ブラックウルフになるくらいまで面倒を見てやればいい。
そう考えれば、たしかにそこまで面倒ってほどではないだろう。要は期間限定の使い魔にすればいいってことだもの。
あ、でも、この場合使い魔になるのかな。
一応魔物だから、使い魔と言えるのだろうけれど。
そもそもこの世界には使い魔っていう概念はあるのか。俺の感覚的には使い魔ってことになるんだけど。
しかも狼の使い魔だ。なかなかいないよな、狼の使い魔って。俺が知っている限りは、某魔砲少女アニメの金髪の子くらいか。
そのまんまなネーミングでもありかもしれないが、あの名前だと某宇宙人を思い出してしまうから、アウトかな。
この世界であれば、元ネタなんてわからないから、問題ないかもしれないけれど、毛並みが違うから、やっぱりアウトだな。
あ、そう言えば。この子の名前ってなんだろう。
そもそも目の前にいるナイトメアウルフの名前も俺知らねえし。いや、それ以前に魔物って名前があるのかな。
異世界もののラノベだと作品によるけれど、魔物には名前がないパターンがある。その場合は名づけをすると、進化する。
もしこの異世界でもその法則が当てはまるのであれば、名づけをしただけで、お役御免ってことになるのだろうか。それはそれで楽でいいけれど、それだとちょっと後ろめたさがあるなぁ。
「この子の名前は?」
「呼びたいように呼べばいい。我ら魔物には、名などないのだからな」
「名づけしたら、進化するってことはあるのか?」
「いや、そんな話は初耳だが?」
ナイトメアウルフは首を傾げた。
子供の狼も父親の行動を真似して、首を傾げる。
つぶらな、チャーミングな瞳と目が合ってしまう。
うん、動物にしろ、魔物にしろ、子供はかわいいとしみじみと思うよ。
進化したら、徐々にでかくなっていくとわかっていても、子供のころがかわいいのは、たぶん共通していることだと思う。
そんなかわいい生き物と目が合ったんだ。
これ以上うだうだ言うのはやめにした方がいいのかもしれない。ただそれももう少し質問してからだ。
「どうして俺なんだ?」
「我と妻を討つほどの強者だからだ」
「まだあんたを「討伐」するとは言ってない。それにだ。わざわざ俺を頼らずとも、あんたがこの子を連れて、育てればいいだけのことじゃないのか?」
そう。わざわざ俺に子供を託すことなんてせずに、ナイトメアウルフ自身で子供を育てればいいだけのことだ。
だいたいなんで俺なんだ。俺はこの子の母親を殺した。そんな相手にどうして子供を託そうとも思えるのか。それが俺には理解できなかった。
「我とてできることならば、そうしてやりたい。だが、できないのだよ」
「なんで?」
「我が妻が、貴様の友を殺したからだよ」
ナイトメアウルフは、俺の腕の中のモーレを見やりながら言った。
たしかにメスのナイトメアウルフのせいで、モーレは死ぬことになった。
が元を正せば、俺がちゃんと守ってあげていればよかった。
死因を作ったのは、メスのナイトメアウルフだけど、死を引き寄せるきっかけを作ったのは、俺が弱かったからだ。
モーレを守ってあげられる強さが俺になかった。
こうしてナイトメアウルフと話をしていると、いままでの怒りは、ほとんどが八つ当たりだったことが、よくわかる。力のない自分を棚上げしていたってことを痛感していた。
そんな俺に大切な子供を託そうとする。
その考えがよくわからなかった。強者だからこそ託せるという単純なことなのかもしれないけれど、それを言うのであれば、ベルセリオスさんだっている。なのになんで俺なのか。それがよくわからない。
「モーレは、俺に力がなかったから、守れなかったんだ。いままでの怒りはただの八つ当たりだったって、あんたと話していると思えるようになったよ」
「そうか。だが、それでも貴様は、我を討たねばならぬ」
「だから、なんで?」
「我自体が報酬だからだよ」
「……は?」
言われた意味を一瞬だけ理解することができなかった。
いまこいつはなんて言った。
こいつ自身が報酬。そう言わなかったか。
言っていないのであれば、俺の耳がおかしくなっただけなのだろうけれど、もし言っていたとすれば、その言葉の意味することが、なんであるのかを、理解できないわけじゃない。
報酬と言ったということは、そういうことなのだろうが、あえて尋ねることにした。
「つまり、あんたは俺に依頼を出しているってことなのか? 冒険者としての俺に依頼を、その子を立派に育てあげるという依頼を出したってことなのか? その報酬があんたから採取できる素材ってことなのか?」
「その通りだ、人間の娘。いや、カレン・ズッキーであったな。貴様に我が子を育てあげるという依頼を受けてほしいのだ。だが、魔物である我が払える報酬は、この身以外にはない。ゆえに我を「討伐」し、その亡骸から採取できるだけの素材分の代金を、報酬としてほしい。妻の亡骸からは大した素材は取れぬだろう。だが我の亡骸からであれば、いまの我を「討伐」したのであれば、それなりの素材を取れるだろう?」
ナイトメアウルフは、まっすぐに俺を見つめた。
その目には、なんの迷いもなかった。なんの迷いもなく、みずからを犠牲にして、子を助け、子の未来のための礎になろうとしている。
強いわけだよ。
身も心も強すぎるくらいに強い。
これでBランクなんて冗談だろうって言いたいよ。
「でも、それならほかの冒険者でも」
「いや、貴様でなければならぬ。ほかの人間は信用できん。この子を食い物にする可能性もあるからな。だが貴様はそういうことはせぬだろう。戦いながらわかった。貴様はそういう下劣なことができるような人間ではない。そもそも無抵抗になった魔物を「討伐」するのに、躊躇うような甘ちゃんなのだ。これ以上となく安心できるであろう?」
「……なるほど。だから俺に頼む、と」
「加えて言えば、一度情を持った相手には、とことん甘くなりそうだなと思ったからな。ならば、我が子の愛らしさを見れば、貴様が無体なことはせぬと思った。それが理由だよ、カレン・ズッキー」
ナイトメアウルフは笑った。
その奥でベルセリオスさんも笑っていた。
もうなにを言っても無駄だった。
それに否定できない。子供の狼に俺は情が移りつつあった。
だって、あんなつぶらな瞳をしている生き物に、ひどいことができるわけがないし、依頼として見ても、報酬が破格だ。ナイトメアウルフ二頭の素材は、かなりの金額で買ってもらえるはずだ。
星金貨ってことにはならないだろうが、足しにはなる。
いまは少しでも多くのお金が欲しい。
受けても受けなくても、ナイトメアウルフ二頭の素材はどちらにせよ手に入る。
しかし同じ二頭分の素材でも、一頭は損傷が激しいが、もう一頭はほぼ無傷で手に入るのと、二頭とも損傷が激しいのでは、買い取り金額は雲泥の差だ。
それに加えて、頷けばかわいいペットが手に入る。ペットにしては、いささか危険だが、かわいいものは正義だから、問題はない。
それにだ。ここまでしてもらって、受けないという選択肢なんて、俺には存在しなかった。
「……わかったよ。その依頼、受けるぜ」
「そうか、礼を言うよ。カレン・ズッキー」
「カレンでいい」
「礼を言う。我が友カレン」
ナイトメアウルフが笑った。
その笑顔は俺でもわかるくらいに、とても誇らしいものだった。
そんな父親を見て、子供の狼は無邪気に、父親の顔を舐めていた。
やりづらい。
だが、一度受けた以上はやらなければならない。
気が重くなるのを感じつつ、俺はナイトメアウルフのそばに歩いて行った。
続きは二十時に更新します。




