Act8-57 狐につままれる
十月の更新祭り本祭の始まりです。
本祭は前回同様に二十四話更新となります。
まずは一話目です。
息が上がっていた。
全身を使って少しずつ「世界樹」を登っていく。
けれどまだ頂上は見えない。
そもそも登り始めて数時間は経ったはずなのに、いまだに雲の中にも届いていない。
「だいぶ登ったはずなのですが」
ティアリカも息を上げていた。
「剣仙」と謳われたティアリカは俺なんかよりもはるかに体を鍛えているだろうに、そのティアリカでさえも息をあげてしまうほどに頂上は遠かった。
というか、本当に進んでいるのかと疑いたくなってしまうね。
だっていくら雲よりも高い「世界樹」であってもさ、ここまで頂上まで遠いというのは、ちょっと考えづらいんだよね。
いや、仮に頂上まで遠かったとしてもだ。
雲にもまだ届いていないというのはいくらなんでもおかしい気がする。
そんなゆっくりとしたペースではないはずなのに。
なにかがおかしい。
おかしいのはこの試練事態ではあるけれど、それ以上に現状はおかしなことばかりだ。
狐につままれているというのはこういうことなのかな?
「狐、か」
自分で言っておいてなんだけど、思い当たることができた。
いままで俺は幹ばかり見ていたけれど、ちょっと試しに周囲を見渡してみようか。
あ、でも恋香が喜ぶような頭上は見ませんけどね。
『香恋の意気地なし!』
『もうそのネタはいいよ!』
恋香ってば、本当にあのネタが好きだよね。
まぁ、名作であることはたしかだけど、そんなバンバン使うことでもなかろうに。
まぁ、恋香のことはいい。いまはとにかく、周囲の確認を先に済ませましょうかね。
「よっと」
登るのを一旦やめて、少し背後を振り返った。遠くに太陽とおそらくは「グラトニー」の「世界樹」が見えていた。そのふたつの位置をだいたいで憶えて、と。
「よし、再開」
止めていた手と足を再び動かしていく。ティアリカはだいぶ先に行っただろうか?
時間にして数十秒ほどだったけれど、それだけあればティアリカなら数メートルは先行しているはずだ。
「ティアリカ」
「はい?」
「ティアリカと俺どれだけ離れている?」
「どれだけ、ですか? 最初とさほど変わっていないようですが?」
「……ティアリカも止まっていたの?」
「止まる? いえ、登っていましたが」
「……ふぅん。そっか」
「それが?」
「いや、いまの情況がなんとなくわかったってだけ」
「頂上まで遠いということでは?」
「だといいんだけどね」
仮説というか、もしかしたらとは思っていたけれど、どうやら当たりっぽいな。
一時間ほどしたら確認してみるつもりだったけれど、確認するまでもないことなのかもしれない。となればだ。
「とりゃ」
俺は早速行動に出た。具体的には「世界樹」の幹を蹴って後ろへと飛びのけた。
「だ、「旦那様」、なにを!?」
ティアリカの驚く声が聞こえる。
「世界樹」の幹を蹴って後ろへと俺はたしかに飛んだ。
この場合の後ろというのは、空中ということ。
そうなれば当然落下するはず──だった。
けれどいつまで経っても俺は落下はしなかった。
「「旦那様」、いつのまに空を飛べるように?」
ティアリカが驚いた顔をしている。
「世界樹」から少し離れた場所に俺は立っていた。
そう、本来であれば足場のないはずの空中に翼のない俺が空の上で立っていた。
それが意味することはひとつしかなかった。
「ティアリカもできると思うよ? 勇気を出して飛んでみて」
「で、ですが」
「いいから。ほら。ちゃんと受け止めるし」
腕を広げてティアリカを待っていると、ティアリカはいくらか躊躇していたが、「わかりました」と言って俺と同じように「世界樹」の幹を蹴って俺の方へと飛び降りてきた。
結果ティアリカも無事に着地できた。……ちなみに赤でした。なにがとはあえて言わないけれど。
でもそのことをティアリカは気付いていなかった。空中に着地できたことを不思議がっていた。
「これはいったい?」
「とりあえず、仕掛け人に聞いてみようよ。ね、ジズ様?」
現状についてあれこれと想像はできるが、それはあくまでも想像にしかすぎない。
実際のことは仕掛けた本人に聞くのが一番手っ取り早い。
だからどこで見ているだろうジズ様に声をかけた。
するとおかしそうに笑う声が、ジズ様の笑い声が聞こえてきた。
「本当に妹ちゃんはすごいなぁ」
くすくすと笑うジズ様が「世界樹」の幹から現れたんだ。
続きは一時になります。




