Act8-55 隠し事
本日十一話目です。
「行っちゃったなぁ」
カレンちゃんが「世界樹」を登っていた。ティアリカ殿も一緒にだった。
ジズ様が仰るには「雫石」を採取するのもまた試練のようなものということだけど、なんで私がダメなのやら。
すでに見えなくなってしまっているふたりではあるけど、ふたりの声は、というかティアリカ殿の声だけは聞こえてくる。声は声でも悲鳴じみた叫び声だけども。
「……うん。生娘だね、ティアリカ殿は」
「わざわざ口にすることじゃないと思うよ、エレーンママ」
シリウスちゃんがどこか呆れた顔で私を見上げていた。
呆れられるよね。「エレーン」だった頃は、私と私が同一人物だと思われないようにあえて変態じみた発言をしていたからね。
ただわざとしていたことが、徐々に素へとなりつつあるのが困ったものだけど。
「でもティアリカ殿が生娘なのは本当のことだよ、シリウスちゃん」
「……答えづらいことを言わないでほしいの」
シリウスちゃんは、顔を赤く染めながら私を見つめていた。
お胸が好きな割には、意外とうぶなんだよね、この子は。
そういうところもエレーンママには堪らないところですけども。
「わぅ。素顔を晒してもエレーンママは変わらないね」
「うん? それはそうだよ。素顔を晒したからといって、なにもかもが変わるわけじゃないもの」
そう、隠していた顔を晒したところでなにかが変わるわけじゃない。
私は私にしかなれない。だから素顔を晒しても私であることには変わりはなかった。
「……隠しても変わらない」
「うん。……シリウスちゃんがいまなにを考えているのかはあえて聞かないよ。背負っているものはだいたい予想できるから」
「……わぅ」
「でもひとつだけ言わせてね」
「わぅ?」
「いつかは伝えてあげてほしい。シリウスちゃんに残された時間が少ないのは知っている。それでもいつかは伝えてあげてね。じゃないとパパはきっと傷つくだろうから」
シリウスちゃんの頭をそっと撫でていく。シリウスちゃんはなにも言わない。
ただ「わぅ」とだけ鳴いた。
その「わぅ」はいつもとは少し違っていた。
あいにくと狼の言葉はわからないけれど、この子が秘めている想いはわかるつもりだった。
……同じ目的だからというのもあるけども。
「……モーレ。それは私にも言っているのかしら?」
サラ様が不意に呟かれた。サラ様もやはり抱えておられるものがある。
いや、サラ様はより一層抱え込まれている。
「家族」を守ろうとするのは誰だって同じだった。
それは別の世界であっても変わらない。
「……いつか伝えてあげてくださいませ。カレンちゃんはきっと喜ぶと思いますから」
「……そうね。きっとあの子は喜んでくれるでしょうね。甘えん坊だったから」
ふふふとサラ様は笑っている。
その笑顔は守護天使長ではなく、「本来」のサラ様の笑顔なんだろう。
カレンちゃんがよく知った笑顔なんだろう。
「お願いしますね、サラ様」
サラ様は「ええ」とだけ言われた。
その言葉にどれほどの想いがこもっているのかは考えるまでもない。
「……挫けちゃダメよ、香恋」
サラ様は遠くに見えるカレンちゃんへと万感の想いを込めたエールを送る。
サラ様ほどではなくても私もまた頑張ってと心の底から応援をした。
続きは二十二時になります。
 




