Act8-52 苛立ちと違和感
本日八話目です。
あー、腹立つ。腹が立つな!
なんなんの、あのバカエルフ!
たかがハーフエルフの女に孫ができたくらいで気絶しているんじゃないよ!
おかげでこっちの予定が丸潰れじゃないの!
あー、もう、どうしてあのアホエルフなのかな!
もうちょっとましな人選はなかったの!?
たしか「ベルゼビュート」の隊長だか、団長って話だったけど、あんなのがトップだったとか、「ベルゼビュート」も大したことない連中なんでしょうね。
まぁ、一番大したことがなかったのは、「蝿王」だったけど。
最強の剣士だとか謳われていたけれど、私と互角程度の腕前で最強だなんて呆れてしまう。
あんなのよりも姉様の方がはるかに強い。
姉様は私なんて簡単にあしらえるほどの腕前の持ち主だった。
私と互角の剣士なんて姉様の前では赤子同然。
なのにそんな奴が最強? ちゃんちゃらおかしい。
半信半疑ではあったけれど、お父さまの言う通りだった。
「蠅王」は最弱の「七王」だとお父様は言われていた。
お父様が仰っていたことではあったけれど、相手はあの「獅子王」と同格である「蠅王」だった。
油断はするべきじゃないと思っていた。
でも取り越し苦労だったのかもしれない。
私と互角に戦える程度では、それも私に討たれてしまうほど程度では、お父様の敵ではなかったし、奴はお父様が言う通りに最弱の「七王」だった。
ほかの「七王」たちもあれくらいに弱い連中であれば、かわいげがある。
だが、ほかの「七王」たちはあんな雑魚とは比べようもないほどに強い。
それこそ姉様であっても勝ち目がないほどに、ほかの「七王」たちは強すぎる。
本当になんで同じ「七王」であるはずなのに、あそこまでの差があるのだろうか。
解せないというか、理不尽にもほどがある。
同じ「七王」なんだから、どんぐりの背比べでもしていればいいというの、なんで「蠅王」だけがあんなにも弱くて、ほかの「七王」はありえないほどに強すぎるのか。
というか、あの程度の実力でよくもまぁ「七王」の一角だなんて名乗れるものだ。私であれば恥ずかしすぎて名乗れない。
それとも「蠅王」とはそんな恥知らずのことも平然とできるバカだったのだろうか?
しかし噂で聞く「蠅王」は民のことをよく考える名君だという話だった。
実際にこの国で数か月ほど活動しているけれど、「蠅王」を称える民は数多くいた。
それこそ星の数ほどはいただろう。
強さはともかく王としては優れていたということなのか。
でも優れた王であるのに、自身の強さには無頓着というのはいまいち頷けない。
というか、あんなにも弱くて自分が「七王」の一角だと言えるような男が、優れた王として君臨できるのか?
とはいえ、優れた王が必ずしも優れた人物だというわけではないだろう。
逆に人としてはダメでも王としては優れているということもあるのかもしれない。
「……よくわからないな」
結論から言えば、「蠅王」がどういう男なのかがうまく見えてこない。
暴君ゆえに名君と謳うしかないということもあるのかもしれないが、クーデターが起こるまでのこの国の民たちは、みな笑顔を浮かべていた。
目を輝かせるほどではないが、常に生き生きとした笑顔を浮かべていた。
それは「蠅王」が民のための王として在り続けたからこそなのだと思う。
暴君であれば、民はあんな笑顔を浮かべはしないだろうから。
浮かべるとしても、それは一部の上流階級だけだ。
上級階級のものたちだけが日々を謳歌し、民たちは死んだような目をするはずだ。
しかしこの国の民は日々を謳歌していた。それはほかの六国も同じだ。
「魔大陸」の七国は民に日々を謳歌させることができている。「聖大陸」、とくにエルヴァニアとは大違いだ。
そんな優れた王である「蠅王」があんなにも弱い。なにかおかしい気がする。どこかで決定的になにかが狂っているように思えてならない。
しかし私はこの手でたしかに「蠅王」を討った。あのバカエルフの配下のひとりとして、だ。
それでもなにかがおかしい。そのなにかはわからない。わからないが、妙な気持ち悪さだけがあった。
「なにを見落としているんだ、私は」
昨日の野営場所であった広場まではもう少し。
たどり着いたら、考えることもまともにできなくなる。
あのバカエルフが目覚めるまで、護衛としてそばにいなくてはならない。
ひどく退屈で、そしてひどく面倒なことだ。
考える時間はあっても、考える気力を根こそぎ奪われてしまうほどに、あのバカエルフのお守りは面倒極まりないことだった。
「ああ、いらいらするなぁ」
せめてストレスの発散くらいできればいいのに。
たとえば、あのバカエルフのそばにずっといるひとりの兵士と戦えればいいのだけど。
フルプレートアーマーの兜で顔を覆っているから、男なのか女なのかもわからないが、それなりにやりそうな兵士だった。
腰には少し長めの刀を佩いているのがほかの兵士とは違っていた。
何度か誘ってはみたけれど、黙するだけで誘いに乗ってくれそうにはなかった。それが余計に苛立ちを募らせてくれる。
「ああ、もう。どうしてこうもうまくいかないのかしら」
イライラして堪らない。でもその苛立ちをどうにか抑え込みながら、私は昨日の野営へとまっすぐに向かっていった。
続きは十六時になります。




