Act0-85 ナイトメアウルフからの依頼 その二
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「あんたの負けって、まだ決まったわけじゃないだろう?」
ナイトメアウルフの口ぶりでは、これ以上戦っても意味がないと言っているようなものだった。
たしかに、俺がさっきのように時間を操ってしまえば、ナイトメアウルフに勝ち目はない。
だが、正直な話、どうやって時間を操れたのか、実はまだよくわかっていなかった。
たぶん、目を凝らせばいいのだろうけれど、本当にそれだけで時間を操れるという確信はなかった。
むしろ空振りに終わる可能性の方が高い。
が、一回目は目を凝らしていた。
思えば、メスのナイトメアウルフのときも目を凝らしていたら、ああなったのだから、二回目のときも凝らしていた可能性は高いので、目を凝らすことが、発動条件なのは、たぶん間違いない。
ただ、それだけで発動するとは思えなかった。
だって、目を凝らすだけで発動するのであれば、日常的にも時間を操れていないとおかしい。
だが、俺が時間を操れたのは、メスのナイトメアウルフのときと合わせて、三回だけだ。
この数週間で目を凝らしたのが、その三回だけっていうわけじゃなかった。魔物と対峙するときは、たいてい目を凝らしていた。
だが、確実に時間を操れたと思えたのは、このナイトメアウルフと対峙していた二回だけ。
メスのナイトメアウルフのときは、まだ時間の枠組みから外れたって思えただけだった。
だから目を凝らしただけで、時間を操れると考えるのは、いささか早計すぎる。
おそらくは、まだ踏まなきゃならない手順があるはずだ。
その手順はいまのところ、まるでわからない。
そしてその手順を、この一戦の中だけでわかっていくというのは、かなり無茶だった。
仮に手順を理解できたとしても、二回とも天属性を付与することはできなかった。
メスのナイトメアウルフのときは、できていたはずだったのに、時間を操れると思った二回に限っては、天属性の付与ができなかった。
もう一度やれたとしても、なんとなくだが、天属性の付与はできないと思う。
通常の六属性では、たぶんナイトメアウルフを倒すことはできない。
モーレが最後に放った光の槍を、あれだけ直撃しても、メスのナイトメアウルフが生き延びていたことを踏まえると、光属性を付与させても、ナイトメアウルフに致命傷を与えることはできそうにない。
属性を付与させても、そうなのだから、素の俺の蹴りでどうなるのかなんて、考えるまでもない。
そもそも時間を操っている最中に、属性を付与できるかどうかもわからなかった。
ただ枠組みから外れたと思ったときまでは、付与できていたことを考えるに、なにかしらの法則があるのだろうけれど、その法則がなんなのかまでは、わからない。
もっと時間をかけて検証しないと、はっきりとした答えは出ないと思う。
それらを踏まえると、ナイトメアウルフの敗北宣言は、あまりにも早計すぎる。
ここから逆転する目は、まだ残っているはずだ。
なのに、その目を探そうとしないなんて、あまりにもらしくない。
このナイトメアウルフのことを俺はほとんど知らない。
だが、真っ向勝負を挑んできたことやその言動からは、高潔な精神の持ち主であることは、窺い知れた。
その点から見ても、こんなことで敗北宣言を口にするというのは、いままでの戦いぶりと比較しても、らしくないと言えた。
「いや、負けだよ、娘。必殺と思った一撃は避けられるどころか、受け流されたうえに反撃を食らい、使うまいと思っていた幻覚を用いようとしても、発動する前に潰される。これでは、我の勝ち目はないさ。このまま戦い続けても、消耗させられるだけだ。仮に貴様を倒せたとしても、そちらの仮面の男には勝てぬ。万全の状態でも勝てるかどうかもわからぬ相手に、疲労した状態では戦いにもならぬ。どうあっても、我がこの場から生き残る方法はない。ならば負けを認め、我が妻を討った、その手で討たれる方が、まだ潔い」
ナイトメアウルフはそう言うと、その場に座り込んでしまう。
戦う気はない、と言っているようなものだった。いままで対峙してきた魔物たちは、みな生き残るために、必死の抵抗をしてきた。
それどころか、俺を殺そうとしてきた。が、このナイトメアウルフのように、諦観し攻撃の素振りさえ見せない魔物に出会うのは、これがはじめてだった。
正直どうしていいのか、わからない。
さっきまでのように、激戦を繰り広げたうえで手に掛けるのは、まだいいけれど、こうして無抵抗になった相手を殺すというのは、どうにもやりづらい。
加えて言うならば、ゴンさんたちのように、人語を喋れる相手を手に掛けるというのが、なによりも俺を躊躇させていた。
これがまだ人語を喋れない相手であれば、もう少しやりやすいのだろうけれど、人語を喋り、意思の疎通ができてしまったことが、俺に躊躇いを植え付けさせていた。
ある意味では、これもナイトメアウルフの策略なのかもしれない。
油断させて、攻撃を仕掛けようとしている。
普通に考えれば、そう思う。だが、このナイトメアウルフに限っては、そうではないだろう。
こいつは本気で、俺に「討伐」されようとしている。
目があまりにも澄んでいた。
なにか腹黒いことを考えているような目じゃない。
本気で言っている。本気でメスのナイトメアウルフ同様に、自身の妻と同様に、俺の手で「討伐」されることを望んでいるのだろう。
「……やりづらいか? 娘」
「正直なことを言えば、ね」
「なるほど。我が妻を手にかけたときや、我と戦っていたときは、頭に血が上っていたようだが、実際は無抵抗のものは殺せぬ甘ちゃんであったか」
喉の奥を鳴らすようにして、ナイトメアウルフが笑った。
なぜかベルセリオスさんも笑っていた。
文句を言ってやりたいところだけど、俺が甘ちゃんであることは、否定できない。
モーレの仇は、こいつの奥さんであり、その奥さんを「討伐」したことで、仇討ちは終わった。
だが、このナイトメアウルフが攻撃を仕掛けてきたことで、殺意がこいつ相手にも芽生えた。
同じナイトメアウルフだったからだ。
意思の疎通もできない魔物だと思ったから。
だから殺意を抱いた。意思の疎通のできない魔物に、モーレが殺されたと思っていたから。だから殺そうと思った。
しかしこうして意思の疎通ができるとわかると、急激に殺意が萎えていく。
しかもその中身が、高潔な武人を思わせるとあれば、余計にやりづらい。
口調は違うけれど、このナイトメアウルフは、一心さんや、うちの兄貴たちと同じ雰囲気を纏っている。
頭に血が上っていたと言われる通り、さっきまでは頭に血が上っていた。
だからこそ気づけなかった。
でも、気づいてしまった以上は、無抵抗のこいつを手にかけることは、ひどく難しいことになってしまっていた。
甘ちゃんだと言われても、否定できない。否定できるわけがなかった。
「……だが、その甘ちゃんだからこそ、頼めることもあるな」
ひとしきり笑ったあと、ナイトメアウルフがそう言った。
「頼み?」
「ああ。貴様にだからこそ、頼めることだ」
ナイトメアウルフはそう言うと、繁みにむかって小さく吼えた。
すると、繁みがわずかに揺れて、向こうから一頭の狼が、白と黒の斑模様の毛並をした子供の狼が姿を現した。
「……この狼は?」
「我と妻の子だ」
「じゃあ、この狼もナイトメアウルフなのか?」
「いや、産まれたばかりゆえ、まだウルフでしかない。我と妻の血を引いているゆえ、闇の特性を持っているが、光の特性も併せ持っているようでな」
子供の狼は、ナイトメアウルフが話している間に、とことことナイトメアウルフに近寄ると、体をこすりつけていた。
ナイトメアウルフは愛おしそうに、子供の狼を見つめている。親子だっていうのは、どうも本当のことらしい。
白と黒の斑模様なのが、光と闇の特性を持っているということなんだろう。
どうりで不思議な毛並みをしているわけだ。
しかしそうなると、他の属性の特性を持っていたら、それぞれの特性を思わせる色になるってことなのだろうか。ククルさんに聞けば、詳しいことがわかりそうだ。
「頼みというのは、この子のことだ。我に代わって、この子を育ててもらえぬか?」
ナイトメアウルフは、俺をまっすぐに見つめながら、そう言った。




