Act8-51 いざ「雫石」へ
本日七話目です。
シリウスの何気ない一言に、ククルさんを「ばぁば」と言ったことにより、アホエルフの意識は一瞬のうちに刈り取られてしまった。
泡を吐きながら気を失うアホエルフを、部下の皆さんは囲みながら声をかけていたが、アホエルフの意識を取り戻すことはできそうにないようだった。
そんなアホエルフにアイリスは額を押さえながら、大きくため息を吐いていた。
「……バカじゃないの、このエルフ、だそうです」
ティアリカが読唇術でアイリスの呟きを読み取ってくれた。
だけど、いまのは読み取らなくてもなんとなく理解できたよ。
あの状況でそれ以外のことを言うわけがないもん。そして状況はさらにアイリスを追い込んでいるみたいだ。
部下の皆さんのひとりがアイリスのそばまで歩み寄るとなにか言ったようだ。するとアイリスは「はぁ~っ!?」と怒鳴っていた。
部下の皆さんはどうやらアイリスの怒りを買ったようだが、アイリスはなぜか引き下がっていた。
髪をかきむしると、ひとりで森の方へと戻っていく。あからさまな地団駄の音が聞こえる。
「なんて?」
「「陛下がお目覚めにならないので、ひとまず昨日の夜営場所にまで戻ろうかという案が出ています」だそうです」
「あ~」
総大将が目覚めないのであれば、一時撤退を選ぶよね。でもアイリスにとっては「はぁ~っ!?」と叫ぶ案件だわな。
遠路はるばるジズ様に喧嘩を売りに来たのに、水を差されてしまったら不機嫌になるよね。
でも結果的には夜営場所にまで戻ることになったんだろうね。
「「アイリス殿のお怒りはごもっともですが、旗印である陛下が倒れられては、陛下のお体を優先するのは当然のことかと」とのことです。正論と言えば正論ですね。ただ」
「ただ?」
「いえ、気のせいです。とにかくそんな正論を投げ掛けられれば、あのアイリスという少女も頷くしかなかったのでしょうね」
「……そうだね」
アホエルフが旗印となっている以上、あいつを最優先するのは当然のことだ。総大将を危険に晒してはいけない。それはどこの世界でも同じことだった。
だから建前上あれの傘下にいるであろうアイリスは、建前であってもあいつの安全を優先しないといけなかった。
だからアイリスは素直に退いたんだろう。腸は煮えくり返っているだろうけど、下手に強情を張るわけにはいかなかった。
ある意味では、あのアホエルフのファインプレーとも言えることなんだろうな。……本人はまるで意図していないことだろうけども。
「……意図していないこと、か」
「どうしたの、カレンちゃん?」
「あ、うん。なんでもない」
考えすぎだな。
そもそもやる意味がないことだ。
ジズ様のシスコンから始まって、締めにアイリスの登場だったんだ。俺もいろいろと疲れているのかもしれない。
「まぁ、これであの坊やも今日は来ないでしょう。その間に「雫石」の話の続きをしようか」
「あ、そうだった!」
本当にいろいろとありすぎて、ここに来た目的を忘れていたよ。
気になることはあるけど、いまは「雫石」だ!
母の日はいつかは決めていないけど、「ベルル」の街まで一週間もかかるんだ。早め早めに行動しないとだよね。
「よぉし、待っていろよ、「雫石」!」
空元気かもしれないけど、気合いを入れるためにあえて叫んだ。
そんな俺をサラ様とジズ様はとても穏やかな笑みを浮かべて見つめられていた。
続きは十四時になります。
 




