Act8-45 シリウスの言葉
十月の更新祭りを始めます。
今回は土曜日ということもありまして、十二話更新となります。
まずは一話目です。
シリウスはいまにも泣きそうな顔をしていた。
泣きそうな顔で俺をじっと見つめている。血の繋がりなんてないはずなのに、その表情はカルディアを思わせてくれる。
「シリウス。どうしたんだ?」
アイリスがいる。俺が殺したいと願い続けてきた女がいる。
けれどその怒りと悲しみ、そして恨みをシリウスにまで向けるわけにはいかない。
沸き起こる負の感情をできるかぎり抑え込んで笑い掛ける。
これでシリウスも笑顔になってくれればいい。
そう思ったけれど、現実はそううまくはいかないようだ。
「ダメだよ、パパ」
シリウスはより一層泣きそうな顔を浮かべていた。
それこそいまにも涙をこぼしてしまいそうなほどに。
愛くるしい笑顔が消えてしまっていた。
胸が痛い。そして怒りが沸き起こる。
あいつがいるから、アイリスが生きているから、カルディアを殺したあいつが生きているから、シリウスから笑顔がなくなったんだ。
そうだ。すべてあいつが生きているのが──。
「怖い顔をしないでよ」
「え?」
「そんな怖い顔をしないでよ、パパ」
──シリウスが涙を流した。
でもそれは聞き間違いかと思うような内容だった。
だってシリウスは俺に対して言っているんだ。
俺が怖いと言っているんだ。
すぐにはその意味がわからなかった。
理解することができなかった。
「なにを言っているんだ、シリウス。パパは」
「怖い顔だもん! それこそいまにも暴れ出してもおかしくないくらいに、ううん、誰かを殺そうとしているような顔をしているもん!」
「っ」
なにも言えない。実際俺はアイリスを殺しに行くつもりだった。
あいつが生きているのが、あいつが呼吸をしているのが、いや、あいつが存在しているのが俺には我慢ならなかった。
なんでカルディアは死んだのに、あいつは生きているんだ?
カルディアが死んだのであれば、あいつだって死なないといけない。
だってあいつはカルディアを殺した。
人殺しだ。人を殺したのであれば、その償いはその死を以てでないとならない。
言葉だけの償いなどなんの意味もない。
あいつはいますぐに首だけの姿になるべきなんだ。
そうだ。でないとおかしい!
カルディアを殺したんだ。
俺が愛した人を殺したのだから、あいつだって死ぬべきなんだ。
「違うよ、シリウス。パパはあいつを殺したいわけじゃなく、殺さないといけないんだ。だってあいつはカルディアママを殺したんだ。であれば、その償いはその命でないと」
「じゃあ、私も死なないとダメなの」
「は?」
今度こそ言われた意味が理解できなかった。
いきなりなにを言いだすんだろうか。
シリウスが死なないといけない?
なんでそうなる? なんでシリウスが死なないといけないんだ?
シリウスはなにも──。
「だって私も人を殺しているもの。だから罪を償わないといけないのであれば、私も死なないといけないの」
──まただ。また言い返せなかった。
シリウスはたしかに人を殺していた。
あの黒騎士たちを大量に殺した。
あの黒騎士たちにももしかしたら、大切な誰かがいたのかもしれない。
愛してくれていた人たちがいたのかもしれない。
シリウスはその人たちから、あの黒騎士たちを奪った。
アイリスがカルディアを奪ったように、だ。
アイリスはダメで、シリウスは許される。
そんなことはあるわけがない。
同じく命を奪ったんだ。
アイリスが罰されるのであれば、シリウスも罰されなければならない。
「だから私も死ぬべきなの。死なないといけないの。そうでしょう、パパ?」
シリウスは泣きながら俺を見つめていた。
カルディアによく似た紅い瞳は俺をじっと見つめていた。
見つめられながら俺はなにも言えない。言えないまま、ただ時間だけが過ぎていった。
続きは二時になります。




