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Act8-39 私と「私」

 よく眠っていた。


 主様はよくお眠りになっている。


 普段の少し抜けているところはあるけど、基本的には凛々しいお姿からは、想像もできほどにいまの主様はとてもかわいらしい。


 主様は寝ているシリウスちゃんの頬をよく突っついておられている。


 いまはカティちゃんも一緒に突っついて幸せそうにされているが、その幸せを私はいま噛み締めていた。


「これはたしかに幸せですね」


 ぷにぷにとした頬を突っつくのはなかなかに楽しく、そして幸せだ。


 主様が愛娘であるシリウスちゃんとカティちゃんたちの頬を突っつくのも無理もない。


 実際に私はいまこうして主様の頬肉の感触にうっとりとさせられているのだから。


「主様は「あー、かわいい。マジかわいい。食べちゃいたい」とか言っておいででしたが、お気持ちがとてもわかりますね」


 指先に返ってくる弾力と柔らかさ。この感触はなかなかにまずいです。夢中となるのも仕方なし! です。


「……はぁ、なにやっているんだか、私は」


 主様の頬に夢中となっていましたが、それは現実逃避なのですよ。


 そう現実逃避です。主様がお眠りになる際に私は大いにやらかしたのですから。


「……なんで口に出しちゃったかなぁ」


 いつもなら抑えられるのに。主様にキスしたとたんに、抑えることができなくなってしまった。


 本来の「私」自身を、抑えられなくなってしまった。


 気づいたときには大いにやらかしてしまっていた。


「……あんなことを言ったら、結びつけられちゃうじゃんか」


「私」と私はまるで違う。そういう風に振る舞っているからこそ、主様は私が「私」だとは気づいていない。


 なのに、私は「私」になってしまっていた。


 振る舞うべきではないのに。私としてあるべきなのに、私は「私」になってしまった。


「……この国の空気がそうさせるのかな?」


 まだ弟妹たちは幼かったから、覚えてもいない故郷。けれど「私」は覚えている。


 この国で「私」たちは生まれ育ち、そしてこの国を捨てた。すべては復讐のために。


 でもその復讐を果たすことはできない。


 復讐する相手はすでに死んでいた。


 話を聞く限りでは、もう八年ほど前には死んでいたようだ。


 つまり「私」たちの復讐は、とっくの昔にできなくなっていたんだ。


 復讐相手の親族はいる。


 けれど、本人以外に復讐したところで、ただの八つ当たりにしかすぎない。


 そもそもその親族にしろ、よすぎるほどに人がよすぎて復讐をしたいとは思えなかった。


 それに主様は言っていた。復讐なんてただの自己満足だと。たしかにその通りだった。


 復讐したところで、お父さんもお母さんも帰ってくることはない。


 それに復讐を仕返したところで、今度は自分たちに返ってくるだけだった。


 どこかで断ち切らないといけない。であれば、相手がすでに死んでしまったいまが一番いいタイミングだと思う。


 ……もっとも断ち切ったところで、私の手が汚れていることにはかわりないけども。


 それでも主様は私を嫁として認めてくれている。


 汚れに汚れきった私なんかを嫁として認めてくれている。


 そんなこの人のそばにいるためにも、私は復讐心を捨てなければならない。


 汚れきった手のままで、みずから背負った罪を忘れることなく歩み続ける。


 主様に私が「私」であることを気づかれないようにして。


 だって、主様であれば、私が「私」であることを知ったら、きっと一緒に背負ってしまうだろうから。


 主様には関係ないのに、背負おうとするだろうから。そんな主様を私と「私」は愛している。だから──。


「気づかないでね、カレンちゃん」


 私が「私」であることをけっして気づかないで。


 膝の上で眠る愛しい人へ私は祈った。祈りながら、その愛しい姿をただ見つめていた。

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