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Act8-32 風、吹き抜ける。

 あ、あぁ。


 い、言ってしまいました。言ってしまいましたよ。なんで言っちゃいましたかね、手前は!?


 暴走しているジズ様の矛先を手前に向けさせるためとはいえ、あんなことを言ってしまうなんて。……殺されたとしても文句は言えませんね。


 ジズ様にとって手前は、泥棒猫のように見えておられるのでしょうね。手前を見るジズ様のまなざしはとても鋭いですから。


 しかしそれでも手前は、言わずにはいられませんでした。


 というか、落ち着いてほしかったのです。


 以前お会いしたときのジズ様は、もっと落ち着かれた淑女然とした方で、レア姉様が憧れてしまうほどの方でした。


 レア姉様の「猫被り」は、ジズ様をまねておいでなんです。


 ……まぁ、まねられているからこそ、いまのジズ様と怒り狂ったレア姉様はとても似ておいでなんですが。


 レア姉様は本性をさらけ出されているのと、ジズ様はその嫉妬に狂っているという違いはあれど、怒りに突き動かされたお姿は、とてもよく似ています。


 だからですね。はい。手前、はっきりと申しますが、いまのジズ様はめちゃくちゃ怖いです! 


 いきなり高笑いなんてされれば、誰だって怖がるものです。


 そしてそれが神獣様なのですから、怖くないわけがないでしょう。


 ですが、どんなに怖くてもいまはまだジズ様おひとりです。


 レア姉様がここにはいないのが救いと言えます。


 レア姉様がおられたら、いまごろひどいことになっていそうですね。


 そう、ここにはレア姉様がいないからまだましなのです。


 ここにレア姉様がおられたら。……考えるだけで恐ろしいですよ。


 そしてジズ様に落ち着いてもらえなければ、ジズ様は間違いなく「ベルル」の街にまで侵攻してこられるでしょうね。


 そうなれば、怪獣大決戦ですね。


 ただでさえ、「蝿の王国」は微妙な時期だというのに、ジズ様とレア姉様による怪獣大決戦なんてされたら堪ったものじゃないですから。


 だからこそ、ジズ様のお怒りをいまここで鎮めなければならないのです。


 そのためであれば、手前は命さえも掛けましょう。


 なにせ「ベルル」の街には、カティちゃんが。手前の、いいえ、手前と「旦那様」の娘がいるのです。


 あの子が傷つくところなど見たくありませんし、傷つけさせたくありません。


 たとえそれがどんな相手だろうと、「まま」として手前は、あの子を守ります。


 気恥ずかしさから、ちゃんと娘とは言えませんでしたが、いまなら言えそうです。……大将を「旦那様」と言うことも含めて。


 あぁ、一度認めてしまうとダメですね。もう抗えない。


 カティちゃんへの想いと「旦那様」への想い。


 ふたつの想いがいまの手前の胸の中にあるのです。


 そのふたつの想いは、もう抑えることはおろか、諦めることさえもできません。


 そのふたつの想いのためであれば、この身を殉じることさえ厭いません。


 たとえ相手が真の最強の一角であるジズ様であっても、手前はこの愛のために命を懸けられます。


「どうか手前の話をお聞きくださいませ、ジズ様」


 怒り狂うジズ様へと跪く。


「旦那様」の困惑した声が聞こえてきます。


 それでも手前は立ち上がることはしません。


 ジズ様を見つめながら、ジズ様の目を見つめます。


 怒りを宿した目。しかしそれだけではない目をじっと見つめていると──。


「では聞きましょう。首だけになったあなたにね」


 ──ジズ様のお姿が消える。そして風が吹き抜けていった。

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