Act8-29 世界樹のふもとにて
恒例の土曜日更新です。
まずは一話目です。
サカイさんの背中は、思った以上に快適だった。
濡れているかなと思っていたのだけど、サカイさんの背中は一切濡れていなかった。
それどころか、背びれが椅子みたいに変形して、こそに座ることができていた。
実際いまも俺たちはサカイさんの背びれに座って、優雅なクルージングを楽しむことになっていた。
「神子様方のご一行とは聞いておりましたが、まさかエレーン様とティアリカ殿もご一緒だったとは思いもしませんでしたよ」
サカイさんは豪快に笑いながら、湖をまっすぐに進んでいた。
百メートル近くはあるサカイさんがそれなりの速さで進んでいるというのに、向こう岸はいまだ遠かった。
というのもサカイさんが言うには、ここの湖はジズ様の幻覚によって、大きさを変えているそうだ。
「神子様方が休まれていた畔から見えた向こう岸は、ただの幻です。実際はあんな近いわけではないのですよ。なにせこの湖は「鎮守の森」のちょうど中央にありますが、その大きさは森の半分は占めていますからね。本来であれば、「清風殿」へ向かうためには、大きく迂回する陸路しかないのです」
「それを俺たちは海路ならぬ湖路で行けると」
「はい。その通りです。自分の背中には、歴代の「蝿王」陛下でも、生涯において一度や二度乗れるかどうかなんですが、そこは神子様ご一行を陸路で遠回りさせられないとジズ様が仰られましたので」
「………とんでもない豪華客船に乗せてもらっているんですね、俺たちは」
サカイさんの言葉を信じるのであれば、俺たちはとんでもないVIP待遇されているようだ。
たしかに俺は神子だけどさ。それでもグラトニーさんでもほぼ乗ることができなかったサカイさんの背中に乗れるとはなぁ。
「そもそも神子様方のご接待は「鎮守の森」に入られてから、ずっとではあります。ジズ様も相当に気を使われているようですね」
「……俺、ジズ様にはお会いしたことはなかったはずなんですけどね」
サカイさんが言うとおり、この森に入ってからの一本道はすべてジズ様が、俺たち用に用意されたからみたいだ。
本来であれば「鎮守の森」は、曲がりくねった迷路のような森みたいなんだけど、「炎翼殿」のようにここ「鎮守の森」はジズ様が思う通りに変更できるみたいだ。
どうりで、やけに一本道なわけだよ。加えて食べられる果物や木の実が手の届く範囲に実っているわけだ。最初から接待かつ最短距離を進ませてもらっていたんだから。
しかし解せないのは、俺はジズ様とは会ったことなんてないのに、神子というだけでこの歓待はどうなんだろう?
母さんに言われていたというのであればあるのかもしれないけど、でももし母さんに言われていたのであれば、「双竜殿」でも「炎翼殿」でも歓待を受けそうなものだけど、ここまでの歓待なんていままで受けていなかった。
単純に俺が半神半人に覚醒していなかったということなのかもしれないけど、よくわからないな。
「ジズ様からは最上級の接待をするようにとのことでしたが、お会いしたことはなかったのですか?」
「ええ。話には聞いていましたけど」
「そうですか。ですが、ジズ様が仰られることですので、なにかしらの意味はあると思いますよ。よろしければこの湖の対岸──「清風殿」のふもとに着くまでの間でしたら、お話いたしますが」
「いいんですか?」
「ええ、もちろんです」
サカイさんは笑顔で頷いてくれた。
それからのサカイさんの話は、すべてジズ様に関することだけだった。
曰く、とてもまじめな方なのだけど、それ以上にお優しい人で、サカイさんを始めとした配下たちへの気配りを決して忘れず、とても大事にしてくれる。理想の上司みたいな人のようだ。
「あの方のためであれば、自分たちは命をかけられる。自然とそう思わせてくれる方なのです、ジズ様は」
サカイさんは笑顔で言っていた。笑顔で命をかけられると言うことは、心酔しているというなによりもの証拠だった。
サカイさんにそこまで言わせられるジズ様はどんな人なんだろう。
湖の先にいるジズ様のことを考えながら、サカイさんによるジズ様の話を聞いているとあっという間に時間は過ぎていき──。
「到着いたしました。「清風殿」のふもとに──」
「待ちわびましたよ、香恋殿」
──森の外から見えていた「世界樹」のふもとにたどり着くと、そこには緑色の髪をした優しそうな女性が立っていたんだ。
謎の女性の正体は二十時更新話にて。




