Act8-24 雫石
「ああ、そういえば、もう時期でしたね」
エレーンが口にしたアイテムを、ティアリカさんは名案だと言うように手を叩いた。
どうやら有名なものみたいだけど、かなり珍しいものなのだろうか?
「「世界樹」から一年のうち短い期間だけ採取できる結晶です。「世界樹」の朝露が溜まってできたもので、正確には石ではないんですが、見た目が水色の石のようなので「雫石」と呼ばれているのです」
エレーンが指を立てながら説明をしてくれている。
なんだかこうしてエレーンに説明してもらえるのって、久しぶりだな。
そもそもエレーンとここまで長くいるのも久しぶりかも。
いや、もしかしたら初めてかもね。
まぁそれはいいか。
しかし「世界樹」の朝露からできた結晶、ね。
某国民的RPGの最強の回復アイテムを思わせてくれるね。
そもそも「世界樹」自体があのゲームを思わせてくれるもんなぁ。
その「世界樹」から採取できる石か。たしかにレアでさえもそうそう手に入らない逸品かもしれない。
むしろ日頃の感謝を込める贈り物としては、これ以上とないものじゃないかな?
それがちょうどいまの時期採取できるなんてね。
……なんだか、母さんがまた裏で手を回していそうな気がするよ、俺。
でも今回に限っては母さんのナイスアシストと言えるよ。本当にいつも迷惑かけてすみません。なんて言っても聞いているわけが──。
『ふふふ、いいのよ、香恋。お母さんというものは、娘のためであれば、どんなことだって』
──聞いていたのね、まいまざー。
『ええ、もちろん! しかしまさかティアリカまでもお嫁さんに加えちゃうなんてね。……あなたって本当にどこまでお嫁さんを増やせば気がすむの?』
なぜだろう。母さんに呆れられているよ、俺?
そもそも誤解が酷い。俺は嫁を増やそうとはしていないの!
気づいたらなぜか増えているんだよ!
というか、まだティアリカさんは嫁になったわけじゃ──。
『時間の問題って知っている?』
……なぜだろうね。母さんの言葉を否定できないよ。
だってさ、ティアリカさんとの距離が徐々に詰まっていくのがはっきりとわかるんだもん。
プーレのときを想わせるような距離の縮まり方なんだもん。そりゃ否定できませんよ。
『そのうち、サラちゃんともども手を出しちゃいそうよね、あなた』
『そ、そんなことねえし!』
『どうかしらねぇ~? あなたってスケコマシだから』
『そんなことないもん!』
『……自分の胸に手を当てて考えてごらんなさいな』
声しか聞こえないはずなのに、なぜか母さんにジト目で見られている気がしてならないね。
……俺がなにをした? しかし否定できないのが悲しいね。
『まぁ、いいかな。さて、「雫石」を渡すのは母さんも賛成よ、香恋。これから「雫石」が必要になるときが絶対に訪れるから。そのときのために集められるだけの「雫石」を集めておきなさい。これはアドバイスではなく、忠告だからね』
珍しいことだった。母さんが強い口調で言うなんて。
いつもはお茶らけた雰囲気で言うのに、今回のそれにはお茶らけた雰囲気は皆無だった。
つまりは「雫石」がとても重要なものになるってことだ。
でも「雫石」ってそんなにすごいアイテムなのかな?
『そんなに凄いものなの、「雫石」って』
『……いいえ、特にこれと言った特性はないの。まぁきれいな石であることは事実だし、珍しいものでもあるから、贈り物にはふさわしい、ということくらいよ』
『そんなものを、どうして』
『……ごめんね、時間になっちゃった。でも必要になるの。それだけは信じて。そして諦めないでね、香恋』
『え、ちょっと、母さん?』
『「清風殿」でまたね』
それだけ言って母さんからの念話は途切れてしまった。
今日はいままで以上に短かった、というか、始まりも終わりも唐突だった。
それだけ母さんが大変な目に遭っているという証拠なんだろうけれど、それがなんなのかはまるで想像できないし、母さんの身になにが起こっているのかも俺にはわからない。
わからないけれど、「雫石」を集めることは母さんからの忠告であるし、その忠告を無視するのも憚れた。集めるだけ集めてみるかな。
「主様、いかがなされましたか?」
「え、あ、別に。「雫石」ってどの「世界樹」からでも採取できるのかな、って思ってさ」
「世界樹」の朝露からできたものであれば、「ベルル」の街の「世界樹」からも採取できるってことになるけれど、なんとなくそうじゃないような気がするんだよな。
たとえば限られた「世界樹」だけって可能性はある。
そうでなければ、「雫石」のことを俺はもっと早く耳に入れていてもおかしくはないしな。
「いえ、「雫石」を採取できるのは限られた「世界樹」だけ、たったのふたつの「世界樹」からしか採取できません」
「……なんとなく嫌な予感がするんだけど、そのふたつって」
「ええ、首都「グラトニー」と神獣「風のジズ」様がおわす「清風殿」のふたつの「世界樹」だけとなります」
エレーンが口にしたひと言に、そりゃ貴重だわなと俺が思ったのは言うまでもない。
こうして贈り物に関してはさっそく暗礁に乗ってしまったのだった。




