Act8-14 狸と国盗り
本日二話目となります。
「カレン殿は、切れ者ですな」
クルスさんは機嫌がよさそうだった。とはいえ、まだ「足りなさそう」な顔をしているね。本当に困った人だね、この人は。
「クルスさんほどじゃないですよ」
「ご謙遜をなされる」
「本音ですよ。というか、俺はいますごくほっとしていますからね。……なにせあなたを味方にできたのだからね。「蠅の王国」内で乱立するであろう国のひとつを未然に潰すことができたんだ。安心しないわけがない」
「ふふふ、そこまで見破られていましたか」
クルスさんは楽しそうに笑っていた。
ようやく満足してくれたようだ。……満足されなかったら、味方の数が減ってしまう可能性があったから、ほっとしたよ。
もっとも味方ではないからと言って、敵だとは言わない。
味方でも敵でもない。つまりは中立の立場にこの人は立っていた可能性があった。
というか、この「ベルル」の立地的に考えれば、中立の立場になっても問題はないと思うんだよね。
「ベルル」の街は、「竜の王国」との国境にある街だ。
であれば、当然それなりの精鋭が配備されている。
国を守るためには、中央ばかりに精鋭を集めるのではなく、要所要所にも精鋭を配備するべきだ。
そしてここ「ベルル」の街はその要所となる。ここの兵士さんたちはみんな精鋭ぞろいってことだ。
加えて、おそらくはこの街の兵士さんたちは、みんなこの街出身者なんだと思う。
クルスさんが親バカを見せたときもただ呆れていた。
慌てるわけではなく、呆れていた。
それは昔から見慣れた光景だから。日常茶飯事となっていることだからこそ、兵士さん方は慌てていなかった。
それはクルスさんも同じだ。ああいう弱みになるようなところを見せるのってさ、普通は相当に親しい人たちだけじゃないか。
でもクルスさんは衛兵と呼んだ兵士さんたちの前で親バカっぷりを披露した。
普通、名前も呼ばない兵士さんたちの前で、そんな弱みにしかならないところを見せる上司がいるだろうか?
不意を衝かれてしまったのであればまだしも、常日頃からそんなところを見せるのは、この街出身者ないしは、この街に長く澄んでいる者ってことになる。
そうなれば、当然兵士さん方にも家族がいる。
国のために戦うというのはとても立派なことではあるけれど、誰もがそんな立派な志を持っているとは限らない。
むしろそんな志を胸に戦う人は少数だと思う。
ほとんどの人は家族のために戦うって人が多いはずだ。
となれば、だ。自分たちの背後には、守っている街には愛する家族がいる。
その家族がいる街を全身全霊で守ろうとするのは当然のことだろう。
精鋭が全身全霊で守る街。よほどの規格外が来ない限り、中立の街として立ち続けることはできる。
いや、それどころか、グラトニーさんが斃されたいま、国が混乱するいまこそ、この街を拠点とする国を作り上げることさえ可能だ。
この街の立地を考えれば、ほかの街よりも先んじて建国すれば、その後を続いて建国する領主は増えるだろう。
中国の五胡十六国時代を思わせる戦乱の時代が始まりかねない。
もっともここの後に建国される国よりもここは安全になるだろうけれど。
なにせこの街は「竜の王国」にとっても、首都「グラトニー」にとっても、喉元に迫る刃となれる可能性がある
国境の街というのは、どちらにとっても要所になる。
どちらからも狙われるが、どちらからも守られる。そんな立ち回りだってできるんだ。
ほかの街にはできないことができれば、これ以上となく安全な国となるだろう。
それらのことは机上の空論ではあるけれど、それを現実にすることはクルスさんであればできるはずだ。
国境の街という要所を任せられている領主なんだ。それができる器量はある。その器があると認められているからこそ、この街の領主として選ばれたはずだ。
そんなのが味方でも敵でもない立場に回されたら、堪ったものじゃないよ。でもそれもこうして未然に防げたわけだから、よしとしましょうか。
「まぁ、とにかく。これからよろしくお願いしますね」
「心得ました。……娘の婿があなたのような人であればいいんですがね」
「お断りですよ、父さん。こんなエロガキなんてこっちから願い下げです」
「だそうですよ?」
「ふむ、残念ですな」
クルスさんは冗談なのか、本気なのか、いまいちわからないことを言ってくれている。
この人との会話は疲れるなぁ。アホな振りをした天才ほど面倒なことはないけれど、この人は典型的だ。
でもその人を味方に引き込めたのだから、これ以上とない成果だろうね。
「とにかく、よろしくお願いしますね、クルスさん」
「はい、よろしくお願いいたしますぞ」
人の好さそうな顔をして笑うクルスさん。ああ、この人も狸だなぁと俺は心の底から思ったんだ。
続きは明日の十六時になる予定です。
 




