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Act0-81 冒険者として

 手負いのナイトメアウルフと無傷のナイトメアウルフ。


 偶然に居合わせたというのはありえない。


 おそらくは、この二頭があの群れを率いていたんだろう。おそらくはつがいでだ。


 無傷のナイトメアウルフは、俺がいままで対峙していたナイトメアウルフに比べて、一回り体が大きかった。


 たぶん、無傷の方がオスで、いままで戦っていた方がメスなのだろう。となれば、いままでのメスが補佐で、無傷のオスが本当の長なのだろう。


 メスとオスとでは、身体能力に差があるはずだ。


 たぶんオスの方がより強い。メスでも無傷では手に負えないレベルだったのに、オスはそれ以上と仮定すると、正直俺ひとりでは勝てなかっただろう。


 だが、いま俺はひとりじゃない。


 怪しさ満点な人ではある。だが、強いということだけは、はっきりとわかる。


 なにせ後ろに立たれていたのを、俺は気づかなかった。いくら怒りで自分を見失っていたとしても、後ろに立たれたら、いつもであれば気づけた。


 だが気づけなかった。それはつまり、このベルセリオスって人が、そうとうに強い証拠だった。


 一心さんとどっちが強いだろう。


 この世界に来るまで、俺の中の最強は一心さんだった。どれだけ稽古をしても、あの人の足元に及ぶイメージがわかなかった。


 その一心さんも、この世界では、どれほどまでに強いのか。


 一心さんが本気でやり合っているところを見たことがないから、なんとも言えないけれど、一心さんだったら、オスのナイトメアウルフでも「討伐」できる気がする。それもあっさりとやってのけそうだ。


 さすがに一般人であるはずの一心さんが、Bランクの魔物であろうナイトメアウルフ、しかもオスを簡単に「討伐」できるとは思えない。


 だが、不思議とイメージできてしまうのが、あの人の恐ろしいところだ。


 あの人のことだから、笑いながら、ナイトメアウルフ(オス)の死骸を引きずって来そうで怖い。


 まぁ、一心さんのことはどうでもいい。


 いま重要なのは、この状況を乗り越えなければならないってことなのだから。


 ただそのためには、ひとつ確認しておきたいことがあった。


「ベルセリオス、さん?」


「なんだ?」


「力の一端を憶えろ、と言うけれど、まだ魔法は使えないけど、天の力は使えるよ?」


 魔法にまでは至らないけれど、天の力を纏わせることはできていた。


 実際いま俺の両脚は金色に輝いていた。意思ひとつで纏ったり、消したりもできる。そこそこ使えているはずだ。


「それは使っているとは言わぬ。ただ表に出しているだけだ」


「表に出している?」


「天の力と言えど、属性のひとつであることは変わらぬ。特別と思うな。特別な力と思っているうちは、天の力を引きだすことは叶わん」


 言いえて妙とは言える。


 でも、ラースさんには、天の力は特別なものだって話を聞いていた。


 だが、ベルセリオスさんは、特別でもなんでもないと言う。


 教えてくれる人の言っていることが、それぞれに違う場合は、どっちを信じればいいのか。さっぱりわからない。


「とはいえ、すぐにはできぬのも道理よ。ゆえにまずは一つ目のアドバイスだ。「風刃脚」だったか? あれと同じように、天の力を飛ばしてみせろ」


「飛ばすって」


「言っただろう? 属性のひとつなのだ、と。ゆえに肩に力を入れず、やってみろ。ほら、来たぞ!」


 アドバイスとは、決して言えない内容だったが、文句を言う間もなく、ナイトメアウルフがそろって突っ込んできた。


 ベルセリオスさんは、同時に踏み込み、オスのナイトメアウルフに向かっていく。


 オスのナイトメアウルフは、俺よりもベルセリオスさんを敵として定めたのか、ベルセリオスさんに向かっていく。


 メスのナイトメアウルフは、まっすぐ俺に向かってくる。その目は相変わらず怒りに燃えている。だが、それは俺だって同じだった。


「「風刃脚」と同じ要領で」


 ベルセリオスさんはそう言っていたが、風と天ではまるで違う。


 風の属性を付与させるのと、天の力を付与させるのとでは、エネルギーというか、力の強さがまるで違っていた。


 それが風と天の差なのだと思うし、それだけ天が特別な力だという証拠だと思うのだけど、ベルセリオスさんは特別じゃないと言う。


 つまりは、そのエネルギー量に騙されるなってことなのだろうか。


 もっと言えば、気圧されるってことなのかもしれない。


 どんなに強い力を持っていても、使いこなせなければ意味はない。


 オンオフができるだけでは、使えるというわけじゃない。


 ガスコンロの火をつけるだけであれば、子供でもできる。でもその火を使いこなして、きちんとした調理ができるかと言われれば、そうじゃない


 たとえがちょっと微妙かもしれないけれど、つまりはそういうことなのだろう。


「見ていてくれよ、モーレ」


 腕の中で眠るモーレを見やり、詠唱を始める。


「天の光よ。刃となれ! 名付けて、「天刃脚」」


 ドストレートなネーミングだけど、いまは名前なんてどうでもよかった。


「風刃脚」の天属性版。弧を描く金色の刃がナイトメアウルフに向かっていく。


 ナイトメアウルフがとっさに避けるけれど、後ろ脚を切り飛ばした。


 ナイトメアウルフが地面に倒れ伏す。「風刃脚」よりも速かった。


 やっぱり天と風とでは、威力も速さも段違いだ。


「風刃脚」では、きっと切り傷を与える程度だったと思う。もしくは簡単に避けられたかだろう。


「これが天の力か」


 いままでは使わなかった。


 使わない方がいいと言われていたし、こういうのは切り札として取っておくべきだと思っていたから。


 けれど切り札として秘蔵していても、実際に使いこなせないのでは、なんの意味もない。それにいままでは、こうして使えるという風には考えていなかった。


「それでよい。なかなか筋がいいじゃないか、小娘」


 ベルセリオスさんが笑っていた。


 ただ、ナイトメアウルフ(オス)の牙を剣で防ぎながらすることではない。


 しかも片手だった。一見細身に見えて、実際はゴリラなのか、この人は。ベルセリオスじゃなく、ベルゴリオスの間違いじゃないかと言いたい。


「……ずいぶんと余裕そうだが、あまり調子には乗らぬ方がいいぞ」


 ベルゴリ、いや、ベルセリオスさんが呆れ顔で言う。


 でも、俺が担当しているナイトメアウルフは、後ろ脚を片方失くしているうえに、傷だらけだった。


 俺を殺すほどの力はもうないだろう。まぁ手負いの獣は恐ろしいと聞くから、油断する気はない。


 そう思い、ナイトメアウルフを見ると、なんだか光っている。見ると、欠損したはずの後ろ脚が、新しく生えつつあった。


「え? 再生するの?」


 再生するとか、それはちょっと反則すぎないだろうか。明らかにずるすぎる。チートじゃないかと言いたい。言ったところで、意味はないだろうけどさ。


「Bランク以上の魔物は、再生能力があるからな。種族にもよるが、部位の欠損程度であれば、それほど時間もかからずに治せる。ナイトメアウルフの場合は、再生能力はそこそこ高めだ。Bランク以下の冒険者にとっては、まさに悪夢だろうな」


 たしかに、悪夢だ。


 必死になって、攻撃し、ダメージを蓄積させても、時間をかければかけるほど、相手は回復していく。それもナイトメアウルフのように素早い魔物にそんなことをされれば、悪夢以外の何物でもないだろう。


 ブラックウルフ並の体格なのに、ダークネスウルフすら鼻で笑える戦闘力に加え、高い回復能力。うん、たしかに一般の冒険者にとっては、悪夢のような存在だった。


 なるほど、だからこそ、ナイトメアウルフか。これは余裕を見せている場合じゃないな。


「でも、それなら、首を落としても倒せないような?」


「首を落とせば、スライム以外の魔物はだいたい死ぬから、安心しろ」


 あー、そこは普通の生き物と同じなのか。


 っていうか、だいたい死ぬってどういうことだ。


 死なない奴もいるってことなのか。


 詳しいことを聞きたいところだけど、あんまりのんびりとしている余裕はない。それにそろそろ限界だった。


 一応、いまは平静を装ってはいるけれど、あのナイトメアウルフを見るたびに、殺意が溢れて仕方がない。どれだけボコボコにしてやっても足りない。むごたらしく殺してやりたい。


 だけど、俺は冒険者だ。


 どんなに憎くても、相手が魔物である以上、「討伐」できるのであれば、「討伐」を目指す。


 俺はあいつが憎い。モーレの死の原因を作った、あいつが憎い。


 でも、それじゃダメだ。


 だってモーレ自身が言っていたじゃないか。


 復讐をするにしても、手段は選ぶべきだって。手段を選ばずに復讐しても、意味はない。復讐するからには、手段を選ぶべきだった。


 いまの状況で踏まえれば、あいつをボロボロにして殺すのではなく、冒険者としてあいつを「討伐」する。それこそが最高の復讐方法だろう。


「Cランク冒険者カレン・ズッキー。ナイトメアウルフを「討伐」する」


 口上なんて意味はない。


 それでも俺はあえて言った。ナイトメアウルフが唸り声をあげる。


 俺の言葉を理解できているのかはわからない。だが、その顔はやれるものならやってみろと言っているように思えた。


「行くぞ、犬っころ!」


 俺はナイトメアウルフに向かって、駆けだした。

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