Act8-10 ばぁば推参
本日二十三話目です。
「クルスさん。お聞きしたいことがあります」
「なんでしょう?」
「あのアホエルフが言っていたことなんですが」
クルスさんに聞くことではないのかもしれないけれど、どうしても引っかかることがあった。
「アホエルフ。ああ、副隊長のことですか。たしかにあれはアホかもしれませんな」
クルスさんは誰のことを言ったのかがわからなかったみたいだった。
考えてみれば、アホエルフは俺の中での呼び名なのだから、クルスさんに言ってわかるわけもない。
でもすぐにクルスさんは誰のことなのかを察してくれたみたいだ。あたり前かもしれないけれど、あの演説はどう考えても行き当たりばったりのアホだ。
なにせほかの「七王」に対する宣戦布告までやらかしてしまったんだから。
グラトニーさんを討ったことで、テンションが上がりすぎてしまったのかもしれないけれど、あれは言うべきことではなかった。
言うとしても、もっと密やかにやるべきだった。
「グラトニー」が陥ちたことは、「蠅の王国」から遠く離れていた「翼の王国」にいた俺たちでも知りえた情報だ。
ベルフェさんがいたからこそ知りえた情報ではあるけれど、逆を言えば「七王」陛下方であれば、誰でも知ることができたんだ。
だというのに、あのアホエルフは堂々と宣言してしまった。
「魔大陸」の他の六国を統一する、と。
つまりは残りの「七王」すべてを相手取ると言ってしまったんだ。
ほかの「七王」が実際に聞いているかもしれないという状況で、言い逃れができない証拠をみずから口にしてしまった。
それはどう考えてもアホだ。
考えなしが暴走しているとしか俺には思えない。
……あくまでもそれが演技でなければ、の話だけども。
「クルスさんは奴の声が聞こえましたか?」
「……それなりには、ですな」
まずはジャブ気味な話を切り出した。答えは「それなり」という言い澱んだものだ。
本当にあまり聞こえなかったのかもしれない。もしくは、こちらの面子からあえてはっきりとは言わなかったのかもしれない。
どちらとも取れる答えだった。だからこそあえて一歩踏み込もうか。
「はっきりとは聞こえなかったが、一応は聞こえたということですか?」
「……そうですな。はっきりとは聞こえませんでした」
「……であれば、なぜ俺があれを「アホエルフ」と言ったのを理解されたんですか?」
「え?」
「はっきりとは聞こえなかったんでしょう? ならあいつがなにを言ったのかはわからなかったはずだ。はっきりと聞こえないということは、声だけは聞こえても内容そのものはわからなかった、ということです。でもならなぜあなたは、俺がアホエルフと言ったのを理解できたんです?」
「それは、奴が普段から」
「無理があると思いますよ?」
クルスさんの言葉をばっさりと切り捨てる。
クルスさんを責めたいわけではないんだ。
少なくとも現時点でこの人は、俺たちと敵対しているわけじゃない。
だからこそ、この人の腹の内を知っておきたい。
この人は俺たちを裏切らないのか。それとも裏切るのか。それを知りたかった。
そのためには、あれが口にした言葉を、「魔大陸」の統一という言葉を、この人がどう捉えているのかを知りたかった。
「普段からあんなアホな言動をしていたのであれば、グラトニーさんが手を下さないわけがない。とっくに降格ないしは脱退させているでしょう。少なくとも俺がグラトニーさんであれば、そんな部下なんていらない。無能な味方ほど怖いものはありませんからね。でも表面上、奴はその愚かさを出さなかった。だからこそ副隊長という地位にまで上り詰めることができた。そしてその愚かさを奴はきっとほかの臣下たちの前でも露わにしなかったはず。であれば、あなたはいつあれをアホエルフと断定できるようなことを聞いたんですか」
クルスさんをまっすぐに見つめる。
クルスさんは目を見開いて驚いていたが、すぐに笑った。
笑ったと言っても悪役が追い詰められて笑っているわけではなく、関心して笑っているようだ。
苦笑いに近いと思う。
「ククルの言う通り、か。普段は抜けているように見えるが、実際は切れ者だとあの子は言っていたが、たしかにその通りですね」
ソファーの背もたれに体を預けながら、クルスさんはおかしそうに笑った。どうやら俺はお眼鏡に適ったようだね。ただ、うん。
「褒められている気がしないなぁ」
普段から抜けている、ってそれどう考えても悪口なんですけど?
あの人親御さんに俺をどういう風に紹介しているんだ?
まったく口の悪いばぁばはこれだから──。
「……言いませんでしたか? 「いつおまえにばぁばと呼んでいいと言った?」とね」
ぽんと肩を叩かれた。その瞬間血の気が引く音がした。
振り返りたくない。
振り返っちゃいけない。
振り返ったら死ぬ。
俺は体を硬直させながらも必死に恐怖と戦った。けれど──。
「あ、ククルばぁば、お久しぶりなの」
「ふふふ、ひさしぶりですね、シリウスちゃん。うん、ちゃんと進化できたようでなによりです。そしてそちらの子がカティちゃんですね?」
「わぅ。ほら、カティ。ククルばぁばだよ、ご挨拶」
「わふぅ。カティ、なの」
「ふふふ、カティちゃんはちゃんと挨拶ができる、お利口さんですね……どこかのパパとは大違いですねぇ~?」
──必死に恐怖と戦っていた俺にシリウスとカティはとどめを差すようなことを言ってくれた。
愛娘たちが挨拶をしたのであれば、パパもしないとダメだもんね。
ほら、カティが「わふぅ?」と不思議そうにしているもん。
挨拶しないと教育に悪い。そんな一心で振り返ると、そこには笑顔なのに、笑っていないククルさんが立っていた。
続きは二十三時になります。




