Act7-ex-6 継嗣と先代~大好きなママへ~
本日十二話目です。
継嗣ことシリウス視点となります。
『くくく』
嫌味な笑い声が頭の中で響いていた。
とても楽しそうな、それこそ愉悦と言い出しそうなほどに、先代は楽しそうだ。
反面私はちっとも楽しくないんだけども!
「……なにを笑っているのさ?」
『くくく。そうか、我は笑っておるか、それはすまぬな。くくく』
……このジジイ。本当にいいご性格をしているよね? 普通、笑うか? こんな状況で。
『こんな状況? はて、我には姉妹が仲良くのほほんとしているようにしか思えぬのぅ?』
「そんなこと──」
「……わふぅ~」
先代に噛みつこうとしたけど、それよりも早く膝からかわいらしい声が聞こえてきた。
慌てて視線を下げると、声の主──カティは穏やかな寝顔をさらしていた。
『くくく。継嗣よ、あまり騒ぐと妹が目を覚ましてしまうぞ?』
顔は見えないけど、いや、実際にいたら先代はきっと面白そうに笑っていただろうね。
でもね、私は面白くないんだよ!
「なんで私がこの子の面倒を見ないとならないのさ!?」
『そうは言うてものぅ。寝ながらもそなたの袖を放そうとしないのだから、致し方あるまいて』
先代が笑っている。その理由は私とカティにある。
カティはいま私の膝の上で寝てしまっているんだ。
「我が君」に任せたいところだけど、「我が君」はいまレアママとギシギシしているから、部屋には入れない。
時折、恋香の悲鳴じみた叫び声が聞こえてくるから、相当にお盛んのようだ。
……あえてどっちがとは言わないけどね。レアママがすごいことになっているのは、目に見えているし。
その余波で私はカティの面倒を見なければならなくなっている。
カティはいまのところ、私か「我が君」にしか懐いていない。「我が君」が無理であれば、私が面倒を見るしかなかった。
しかも面倒を見るためにわざわざゴレムスさんは、新しく部屋を用意してくれるし。おかげで新しい部屋で、カティとふたりっきりという状況に。……本当になんでこうなるのやら。
そんな私の現状に先代は楽しげに笑っていた。
『まぁ、我が面倒を見てもよいが、そなたが首を縦に振らぬ。であれば、致し方なかろうて。くくく』
「本当に性格悪いよね、あんた!」
『歳を取ると若い者をからかいたくなるからのぅ』
「本当にいい性格していますね!」
『誉め言葉として受け取っておこうかの、ほほほ』
あー、ハラタツワー。このジジイ、マジムカツクワー!
『ほっほっほ』
しかもなに言っても通じないのが余計にムカツク!
実体あったら殴り飛ばしているよ、私!
老人虐待? このじいさんはそんなかわいげのある生物じゃないから問題はない!
そもそも虐待を受けているのは私の方だ! ゆえに問題はない!
「ん~」
『ほれ、騒ぐと妹が目を覚ますぞ?』
「ぅぅぅーっ!」
『ほれほれ、我慢じゃ、が・ま・ん。耐えねばならぬぞ、シリウスお姉ちゃん?』
「あんたに言われると腹立つからやめろ!」
百歩譲ってカティならいい! だがこのじいさんにお姉ちゃんなんて言われたくない!
『ほほほ、嫌われたのぅ』
「無駄口はいい! それよりも見つかったわけ!?」
『せっかちじゃのぅ』
先代はため息を吐くと、咳払いをした。声色を変えて真剣な様子で語り出した。
『結論から言うとじゃな。そなたの体の中には、フェンリルはもうおらぬな』
「……そっか」
カオスグールを「翼王」が倒してから、ずっと響いていた怨嗟が聞こえなくなってしまった。
怨嗟はフェンリルが私を飲み込むために仕掛け続けてきた攻撃だった。
でもそれが急に聞こえなくなってしまった。
なにかの策なのかと思ったのだけど、先代曰く──。
『あやつは直情的だから、そんな面倒なことはせぬ』
──と言い切られてしまった。
どうやらフェンリルはわりと脳筋のようだ。
だからこそ、面倒な策などするわけがないということか。
でもそのわりには、「鬼の王国 」では、私のふりをしていたけども。
『あれは策ではない。戦術じゃな。戦いにおいて有効な手であれば、あれは躊躇なく使うであろう。真っ正面から戦う戦士の姿と狼らしい狡猾さをあれは持ち合わせている』
「だからこんな策は使わないと?」
『その通りじゃ。少なくとも我はあれをそういう風には育てなかった』
「ふぅん。「妹」には優しいんだね、「兄上」さん?」
『からかわんでくれ、継嗣』
先代は珍しく恥ずかしがっているみたいだった。
でも私だって恥ずかしがっているのだから、先代だって恥ずかしがるべきだと思うよ。
「とにかく、私の中にはいないんだよね、フェンリルは?」
『うむ。どこに行ったのやら』
「そうだね」
『しばらくは気をつけよ、継嗣。もう時間は残されておらぬが、慌てずにな』
「わかっている」
残り少ない時間だけど、「我が君」のためにすべてを使おうと決めている。だから無駄にはしない。でもひとつだけ残念なことがある。
「……また会いたかったよ、「ママ」」
もう一度だけ「ママ」に会いたかった。
すべてを終わらせたとき、「ママ」と会えなくなる。
ママと会える時間はもう私には存在しない。
幸せだった子供時代。あの頃に奪われてしまった「ママ」にもう一度会いたかった。
だけど、すべてが終われば、「ママ」はまた「我が君」のそばにいられるんだ。
その代価を私のすべてで払えばいい。それが私にできる「ママ」への最初にして最後の孝行だった。
「もう少しだけ待っていてね、「ママ」」
会えることのない「ママ」を私はひとり想い続けた。
続きは十二時になります。




