Act0-78 別れ
今回、ややグロい部分がありますので、ご注意を。
光の槍が降り注いでいた。
頭上から降り注ぐ光の槍は、俺に圧し掛かっていたダークネスウルフへと突き刺さり、ダークネスウルフはそのまま倒れてしまう。
ただ倒れただけではないのは明らかだ。
ダークネスウルフからは、もう生気を感じなかった。
俺の上にいた個体だけではなく、ほかの個体も同じだ。
ダークネスウルフはまだ体が残っているからいいものの、ブラックウルフは悲惨だった。槍の熱量に耐えきれないのか、突き刺さると同時に、その身はすべて燃え尽きてしまう。
無数にいたブラックウルフが次々に消滅し、ブラックウルフをまとめていたダークネスウルフたちもまた息絶えていく。そして圧倒的存在感を放っていたナイトメアウルフもまたいくつもの光の槍に突きさされていく。避けることはおろか、受けとめることもできないようだ。
そんな光景が繰り広げられるなか、俺は呆然と無数の光の槍を見詰めていた。
圧倒的な光景だった。俺ひとりであれば、どれくらい時間がかかるかもわからないほど、大量にいた狼たちが、無数の光の槍により、倒れていくさまは、神々しくもあるが、恐ろしくもあった。
ダークネスウルフでさえも一撃で倒してしまう威力の槍が直撃したら。そう思うと背中が寒くなる。
だが不思議なことに俺の頭上に槍が降り注ぐことはない。
まるで俺を避けているかのように。いや、俺を守るためだけに、放たれているかのように。光の槍が俺自身に降り注ぐことはなかった。
あえて言えば、圧し掛かっていたダークネスウルフを倒した一発だけだろう。
でも、それさえも、目的はダークネスウルフの排除だった。それ以降、俺の頭上に落ちてくることはなかった。
やがて光の槍が治まったとき、あれだけいた狼たちは、十数頭にまで数を減らしていた。
生きているのではなく、死体を残しているのが、十数頭というだけであり、生きている個体は一頭もいない。
なかにはあのナイトメアウルフも含まれている。モーレのそばで体にいくつもの穴を開けながら、倒れていた。どう考えても生きてはいない。
むしろあれで生きていたら、正真正銘の化け物だった。
だが、いまはナイトメアウルフのことなんて、どうでもいい。
いま大事なのは、モーレだ。モーレはブラックウルフに囲まれる形で噛みつかれていたし、最後の方はナイトメアウルフに腕を噛みちぎられてしまっていたんだ。
モーレを優先するのは当然だ。早くモーレの無事を確認したい。お礼も言わなければならない。守るって言ったくせに、守ってもらった。少し気恥ずかしいけれど、そのお礼をしたかった。
「モーレ!」
走る必要はない。もう危険はない。モーレの傷の確認をして、治療をすればいい。そう思うのに、俺の体はダークネスウルフの下から這いでると、モーレに向かって駆け寄る。
言いようもない嫌な予感がしていた。そうして駆け寄って見たモーレの姿は、あまりにも悲惨だった。
右腕を肩ごと失い、左腕は前腕部の中ほどあたりを、半分食いちぎられ、骨が見えていた。両脚も似たような感じで食われていた。足先に至っては、右の足首から先は完全になくなり、左足は指が数本欠けている。腹部からは内臓がはみ出て、黒い血で地面を染めていた。
モーレの体は、首から上だけが無事だった。
それ以外に無事なところは一か所もない。首から上だけが、無傷なため、いま見ているのが、なにかしらの作り物じゃないかと思わせてくれる。あまりにも対称的すぎて、かえって現実感がない。
だが、現実感がなくても、いま見ているものは、現実だった。
現実にモーレは体の至るところを食われてしまっていた。どう考えても、助からない。これで助かったら、それこそ化け物でしかない。いや化け物であってもいい。モーレには助かってほしい。友達には生きていてほしい。そう思うのは当然のことだった。
「モーレ、モーレ!」
欠損した体をそっと抱き上げ、顔を近づける。
わずかに。ほんのわずかに呼吸をしていた。でも、いつ止まってもおかしくないほどに、その呼吸は弱々しかった。
だが、まだ生きている。生きているのであれば、助けることはできるかもしれない。
「治療。そうだ、治療魔法」
初級の魔法は一通り、エンヴィーさんとクリスティナさんに教えてもらっていた。
治療魔法もそのなかに含まれる。治療魔法を掛ければ、なんとかなる。そう思った。だが、すぐに疑問が浮かぶ。初級の治療魔法程度で、部位欠損を治すことができるのだろうか。
初級は所詮初級でしかない。
せいぜいかすり傷か、深くても刺し傷程度は癒せるだろう。
けれど初級の魔法程度で、欠損した部位まで治療できるのだろうか。
RPGであれば、初級の魔法でも何度も掛ければ、どんなダメージでも治療できる。
しかしそれはあくまでも「ヒットポイント」という概念があってこそだ。この世界に「ヒットポイント」はない。あたり前だ。だってこの世界は「異世界」という名の現実なんだ。
現実にゲームのような「ヒットポイント」は存在しない。
だからゲームのように初級の魔法でも、何度も使えば、体を癒せるということにはなりえない。
そもそもゲームの世界で、部位欠損なんてものはない。
某狩りゲーでも、プレイヤーに部位欠損は起こらない。欠損するのは、モンスターだけだ。プレイヤーの体が欠損することは、どのゲームでも起こりえないことだった。
つまりゲームの世界でも、部位欠損を治す魔法は、存在しない。そしてそれは現実でも同じ。それはこの世界でも、きっと変わらない。
もしかしたら、あるのかもしれない。でも俺はその魔法を知らない。知っているのは、軽いけがしか治せない、中途半端な魔法だけだった。
そんな半端な魔法で、モ―レを助けられるわけがなかった。
けれどこの場には、俺しかいなかった。俺しかモーレを、助けることはできない。
半端な魔法でも、もしかしたら、助けることができるかもしれない。一縷の望みをかけて、治療魔法を使う。
「傷を癒せ。「治癒」」
傷を塞ぐ効果のある「治癒」を使う。が、傷が大きすぎるのか、一向に傷が塞がる気配はなかった。むしろ俺の望みをあざ笑うかのように、モーレの体から血がどんどんと抜け出していく。
血は命を繋ぐためのもの。その血を大量に失ってしまえば、その時点で人は死ぬ。致死量は、個人差はあるらしいが、だいたいは、二リットルほど人は死ぬらしい。
モーレが失った血がどれほどなのかはわからない。二リットルを超えていると言われれば、頷いてしまいそうになるほど、モーレの顏は白くなっていた。これでまだ呼吸をしていること自体が、すでに奇跡だった。
「血。そうだ、血を作る魔法。えっと」
失ったのであれば、作ればいい。魔法であれば、作れるかもしれない。そう思ったけれど、その肝心の魔法を俺は知らない。そもそもあるのかもわからない。
それでも諦めるわけにはいかない。手当たり次第、思いつくままに詠唱をする。
「血よ。失われし命の源、取り戻せ!」
手をかざし、必死に詠唱をする。が、なにも起こらない。血がどんどんと失われていく。
「止まれ。止まれよ。止まってくれよ!」
血を止めようにも、傷が深すぎる。その流出を抑えることができない。
腕の中の体温が徐々に失われていく。モーレの呼吸が、一段とか細くなる。いつ止まっても、おかしくない。いつ聞こえなくなっても、おかしくない。
「嫌だ。嫌だよ、モーレ!」
涙が溢れた。このままだとモーレが、死んでしまう。死なせたくない。なのに、俺にはなにもできなかった。見ていることしかできない。指を咥えていることしかできない。
「誰か、誰かぁ!」
叫ぶ。けれど空しく、こだまするだけだった。
ここがまだ首都を出てすぐであれば、守備隊の人が駆けつけてくれたかもしれない。
けれどここは首都からだいぶ離れていた。そんな場所で叫んだところで、誰が助けに来てくれるだろうか。そもそも人がいるかどうかもわからない。
まだ昼間であれば、偶然誰かが、通りかかってくれるかもしれない。けれどこんな夜中に、通りかかる誰かなんて、いるわけがなかった。
かといって、人のいる場所まで運ぼうにも、些細な衝撃で、呼吸が止まってしまいそうで怖かった。
重傷者は下手に動かしてはいけない。聞きかじった知識でしかないけれど、それくらいは知っていた。モーレを抱きかかえていること自体、してはいけないことなのかもしれない。
でも、こうしていないと、モーレの呼吸が止まってしまいそうで、モーレの体にまだぬくもりがあることを感じていないと、どうにかなってしまいそうで、怖かった。
だけどどんなに怖がっても、モーレの体からはぬくもりが消えていく。もう死んでいる。そう言われても、不思議じゃないくらいに、モーレの体は冷たくなっていた。
「嫌だよ。目を開けてよ、モーレ」
守りたいのに。助けたいのに。なにもできない。なにもしてあげられない。なんで俺はこんなにも弱いんだ。なんでなにもできないんだ。
なにが守るだ。守られていたのは、どっちだ。
守るというのは、這いずりまわって泣きじゃくることなのか。
こんなざまで、こんな醜態を晒して、なにが守るだ。なにが守り抜いてみせるだ。
守れていないじゃないか。守ってもらっただけじゃないか。肝心なところで守れなくちゃ、なんの意味もないじゃないか。
「……俺はただの嘘つきだ」
守ると言ったくせに、その守るはずの相手に、守ってもらった。助けてもらった。
なにが冒険者だ。なにが星金貨一千枚を稼ぐだ。
たったひとりを守れなくて。
たったひとりを守ることもできない奴が、どうして星金貨一千枚なんて稼げるだろうか。
できるわけがない。できていいわけがない。だって俺は──。
「なにもできないじゃないか。なにも守れないじゃないか。こんな弱くて、嘘吐きな俺なんかじゃ、なにもできない。なにも成し遂げられない。なんで俺はこんなにも弱いんだ。なんでなにもできないんだ。泣きじゃくることしかできないんだよ!」
天を仰いで叫ぶ。
涙が溢れて止まらない。
情けなさすぎる自分が嫌になる。それでも現実はなにも変わらなくて、俺はただ子供みたいに泣くことしかできないでいる。
「そんなこと、ないよ?」
声が聞こえた。慌てて視線を下げると、モーレが目を開いていた。
生きている。まだ生きてくれている。
さっきまでとは違う涙が、頬を濡らしていく。
神さまが助けてくれたのかもしれない。自分でもバカげたことを言っているとは思うけれど、そうとしか思えない。神さまが助けてくれたのであれば、まだモーレを助けられる。そう思った。だけど──。
「……モーレ? どこ見ているんだ?」
どうしてかモーレと、視線が合わない。
いやモーレが、視線を合してくれない。
モーレはどこか遠くを眺めるように、ぼんやりとしていた。
血を失っている影響なのか。それともまるで違う理由なのか。俺にはわからない。わからないけれど、モーレの意図を確かめたかった。
「どこって、カレンちゃんこそ、どこにいるの?」
言葉を失った。
いま俺は目の前にいるのに。モーレを抱きしめているのに、なにを言っているのだろうか。理解できない。いや理解したくない。けれど現実は俺の気持ちを無視して、進んでいく。
「声しか聞こえないんだ。どこにいるの? カレンちゃん」
あってほしくなかった現実が、認めたくなかったことが、目の前で現実になってしまった。
続きは二十時です。




