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Act7-110 ティアリカとミドガルズ

「ちぇりゃぁぁーっ!」


『あー、主? 聞いておられますか、主ティアリカ?』


 あー、これはダメですね。


 主の耳に届いておりません。


 まぁ、主は兄君の真似をされておりますが、実際はとんでもなく初心なのです。


 たとえば、恋人同士が手を繋いでいらっしゃるのを見ただけで気を動転されますし、接吻なんて見たら卒倒されます。今回はその接吻をされてしまわれたのですから、暴走されてしまうのも当然でありましょう。


『やれやれ、これだから生娘は』


 兄君がご存命のころは、兄君は主が経験のないことをよくからかわれておりました。


 ……もっともその後、口にするのも憚れるほどに報復を受けられることになるのですが、あれは兄君と主なりのじゃれ合いだったのでしょう。


『待って、待ってくれ、ティアリカ! 人の体はそんなものが入るようにはできておらんのだ! だからそれだけは──』


『ははは、問答無用でございますよ?』


『ぎ、ぎぃやぁぁぁーっ!?』


 ……あの惨状をじゃれ合いと称していいのかはわかりかねますが。


 まぁ、主にとってはじゃれ合いだったのでしょうね。あくまでも主にとっては、ですが。


 とはいえ、兄君と主が仲のいいご兄妹であらせられたことはたしかです。そう、兄君を喪った結果、なんの迷いもなくご自分のあり方をすべて捨てられるほどに、主と兄君は仲のいいご兄妹でした。


 兄君が亡くなられてから、いったいどれほどの時間が流れたのでしょう?


 兄君の相槌をされてはいましたが、元は剣士であらせられた主が、鍛冶王の名に相応しい存在になられた。


 兄君から「鍛冶師としての才能はないな」と言い切られていた主がここまで至れた。


 並大抵の努力ではなかったでしょう。それこそ修行の日々で、のめり込めすぎて数えきれないほどに倒れてしまうほど、主は命懸けの修行をなさっておいででした。


 剣士としての修行では、そのような苦労はされておりませんでしたので、主が修行で倒れるとは思ってもいませんでした。


 でも修行で倒れられた主を見て、私はようやく主も人の子であったことを理解できました。


 ……まぁ、ありえないほどに初心なところをお持ちであったところから、人の子なのだなとは思っていましたが、倒れられたお姿はまさに人の子でありました。


 その人の子の主とずいぶんと長い付き合いになったものです。


 その長い付き合いの中でも──。


「ちぇりゃぁぁ!」


 ──こんな暴走されたお姿を見るのは初めてですね。


「あぁぁぁーっ!」


『主ティアリカ。どうかお心お静かに』


「とぉぉぉーっ!」


『……ダメだ、この主』


 もう私の声が届いておりませんね。


 羞恥心のあまりぷっつんしているのですから、それも当然なんでしょうが。


 とはいえ、あまり情けない姿を見せないでほしいものですね。なにせか──。


『「貴公」は「我」を切り捨てし者であるのだ。この程度のことで自身を見失われては困るのだがな』


 そう、彼女は「我」を切り捨てし者。神の獣の眷属であった、闇に魅入られ堕ちてしまったこの身を切り捨て、解放してくれた者。


 ゆえに「私」は主の剣となった。


 海蛇剣「ミドガルズ」──。それがいまのこの身の名です。


 であればこそ、この身を救い出してくれたあなたがこの程度のことで我を忘れられては困るのですよ。


『まぁ、それも主らしいことではあるのですが、参りましたね』


 カオスグール。いえ、神獣王様の亡骸のお力はさすがですね。


 私と主であっても滅しきれません。これを滅するには、人智を超えた力が必要でしょう。そう、たとえば──。


「ヴァンさん、助太刀するよ!」


 ──たとえば、母神様の血を受け継ぎしお方であれば。その当人様がようやくお越しになられましたし、これでどうにか──。


「た、大将!? こここここちらに来ないでくださいませぇぇぇぇ!?」


 ──おや? 神子様がお越しになったとたんに、正気に戻られましたか。


 しかしひどい慌てっぷりでございますねぇ。誰がどう見ても生娘ではございませぬか。


『……生娘一直線ですね、主ティアリカ』


「う、うるさいですよ、ミドガルズ! だ、誰が生娘ですかぁっ!?」


『実際主ティアリカは処女ではございませぬか』


「だ、黙りなさいぃぃぃ!」


 耳まで真っ赤になりながら叫ばれる主。


 ふふふ、ずいぶんとまぁかわいらしいお姿を見せてくださるものです。


 ああ、そうか。私はこんな主も好きなのでしょうね。


 解放してくれたという恩義以上に、主ティアリカが好きだからこそ、私はこの長き月日をこの方とともに過ごしてきたのです。であれば、私がすべきことはただひとつ。


『神子様。お初にお目にかかります。海蛇剣「ミドガルズ」と申します。この度は我が主「剣仙」ティアリカへのご助力感謝いたします』


「へ? あ、うん。こちらこそ」


 神子様は戸惑いつつも頭を下げてくださいました。


 なんともまぁ腰の低い方ですね。


 でもそういうところも私としては好感を持てます。ふむ、この方であれば──。


『つきましては、ご助力の感謝の証としてですね。我が主の純潔をもらっていただきたく──』


「ミドガルズぅぅぅーっ!? あなたはなにを言っていますかぁぁぁーっ!?」


 ──この方であれば、主を嫁がせるのも問題はございませぬ! 


 むしろこれ以上の優良物件がほかにございましょうか!? 


 であればこそ、いままで無駄に守り続けてきた純潔を捧げるのに相応しいではございませぬか! 


 なのになにを躊躇っておられるのです、主ティアリカ!


『きれいどころばかりの神子様の奥方のひとりに数えてもらうためであれば、膜のひとつやふたつを捧げるのは当然のことでございましょうが!?』


「もっと言葉を選びなさい、言葉を! この色ボケ駄剣!」


『なにを仰るのですか! 言葉を選ぶどころか、ご亭主に相応しい方を選びすぎての行き遅れになられている主の身を案じてのことですよ!? それをなんと』


「だ、誰が行き遅れですか! だ、だいたい私は行き遅れではなく、たんに相応しい方に巡り会えていないだけであってですね」


『いえ、そういう女性ほど行き遅れているのございますよ! そう、主のような女性ほど!』


「く、くぅぅぅ! い、言わせておけばぁ」


『さて、主ティアリカの戯言は置いておきましょう。どうでしょうか、神子様? 主ティアリカは、お顔立ちは言うまでもなく、そこそこ胸はあるほうですし、普段の姿は、まぁアレですが、いまの凛々しいお姿であれば神子様のお気に召すかと思われるのですが?』


「え、あ、その、情報量が多すぎて混乱しているんですが」


『ああ、それはもっとも。であれば、この腐肉を片付けたあとにゆるりとお話を』


「え、あ、はい」


 とりあえず言質はいただきました。まぁ、まだ話を詰める段階でございますが、とりあえずは嫁入りはほぼ確定と見て問題なしでございますよ。


『どうですか、主ティアリカ。神子様の奥方になれるように話を』


「あとで憶えておきなさい、駄剣!」


『ふふふ、そのような余裕が主にあれば、ですねぇ』


「くぅぅぅ!」


 主ティアリカが忌々しそうな顔をされていますね。


 ふふふ、よきかな、よきかな。


 さて私の役目はこれにて終わりですかね。あとは主ティアリカ次第でございましょう。


『頑張ってくださいませ、主ティアリカ』


「うぅぅ、黙りなさいぃぃぃ!」


 主ティアリカの悲痛な叫びが山々に響き渡りました。ふふふ、さてどうなるのか、このミドガルズ、楽しみでございますよ。

 セクハラ鍛冶王がいまや見る影もなし。でもそれもまたよしだと思うの←

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